命を落とした福島民友新聞の若手記者の存在が本書を執筆するきっかけになった。門田隆将さんは東日本大震災の津波取材で仲間を喪った記者たちと自身の歩みを重ねて語った。
「災害が起きれば現場に向かうのが記者の仕事。私が週刊誌の編集者時代に雲仙普賢岳の火砕流で同じ会社のカメラマンが亡くなった。仲間を喪う衝撃は身をもって知っていましたから」
本書は津波と原発事故に直面しながらも「紙齢をつなぐこと」にこだわる地方紙の姿を描いたノンフィクションだ。物語の中心は地震直後の記者たち。彼らは本能に突き動かされ、人の流れに逆らって海に向かった。
津波から逃げる老人と孫を目撃した記者はとっさにカメラに手を伸ばした結果、救助するタイミングを逃す。自らも死の危機に瀕しながら「見殺しにした」と自責する。そんな記者たちの姿がありのまま記録される。
「当事者の証言と真実だけを積み重ねた」と門田さんはいう。「記者たちは故郷と仕事を失いかけて、心も崩れかけた。でも彼らはそこに耐えた。命をかけて津波に向かった記者たちは、新聞界の宝だと感じました」。
門田さんがノンフィクション作家として独立したのは6年前。「戦時中に毅然と生きた人々の証言を記録できる最後の機会」と考えたからだ。以来、戦争や事件、スポーツなど幅広いテーマを手がけて多くの読者の共感を呼んできた。すべての作品で一貫しているのが、毅然とした日本人の生き様――。
わずか3年前の出来事である。苦難に立ち向かう人たちが体温を持った身近な存在として浮かび上がり、読む人を勇気づける。たとえばそれは一昨年に刊行した『死の淵を見た男』に登場する福島第一原発の吉田昌郎所長をはじめとする原発作業員たちの姿だ。
「プラントエンジニアとして原発で働く地元の男たちが、家族を、地元を、そして日本を守るために現場に残って危険を顧みずに闘ったんです」
でも、と門田さんは続ける。
「大手の新聞は吉田所長たちを加害者と書いた。現実がねじ曲がってしまっている」
会見で全国紙の記者が責任を追及するなか、ある記者は旧知の東電幹部と再会し、2人で泣き崩れる。「地元はどうなるんでしょうか」と。同じ「地元」に生きる当事者同士が抱いた切実な思いが胸に迫る。
「大新聞は『事情』を省いて事実だけを書く。でも私は『事情』にこそ、本質があると思う。その本質を掘り下げていけるのがノンフィクションなんです」