将棋界は三強の時代を迎えている。7つのビッグタイトルは、羽生善治さん(43歳、名人・棋聖・王位・王座)、森内俊之さん(43歳、竜王)、そして年齢が一回り若い渡辺明さん(30歳、王将・棋王)の3人で分け合っているのが実情である。
その渡辺明さんが書いたのがこの『勝負心』だ。中学生でプロ棋士となり、20歳で竜王位に就いて以来、9連覇。5連覇の段階で初代「永世竜王」の資格を得た棋士である。
本書は、その永世竜王への道のりを回顧しながらプロ棋士としての矜持、勝負に対する心構えなどを書いたものである。
棋士の宿命は終盤の修羅場を制することだが、憧れの存在から、いまやライバルに至った羽生さんとの戦いの記述では、現場の緊迫感すら伝わってくる。
さて、プロの将棋で一般に理解できないのが「長考」である。
将棋という頭脳ゲームの戦いは、序盤・中盤・終盤という過程をたどる。まず作戦を立て、戦いが本格化し、勝敗が決定する、というプロセスである。
その序盤から中盤に至る過程で、一体何を考えるのか。
「相手が指した手に対して考えるのは大きくは3点。まず王道の手であるのかどうか、2点目は意表を突いた勝負手なのか、そして3点目は、その手の裏に鋭い狙いが秘められたものかどうかです。この3つのパターンを繰り返し読み、対応します」
そして中盤。長考の局面だ。「完全に読みの世界に入ります。シラミ潰しに手を読みます」
優勢な戦いにするための最善手を探すのが読みである。候補手を順に読み始めるが、当然ながら相手の対応も考えねばならない。また次の候補手、さらに次の手――となると読む手数は数百手に及ぶ。プロ棋士は読む過程で頭の中の将棋盤の駒が動く。そして駒が描いた戦形を眺めて、優勢であるかどうかの形勢判断を下すのだ。
名人・羽生さんとの距離感はまだあるのだろうか。
「羽生さんの読みは深いうえにきわめて精度が高い。自分が優勢と判断していたものが実は逆であったことが、ままありました。今後10年間で、自分が身につけられるか、ですね」
ハハハ……、と明るく笑った。
やがて最終盤。勝負の神は冷厳に勝者と敗者に分かつ。明暗を決定づけるものとは何か。
「人間だから起こしてしまうミスの回数です。僕は平均で一局に1~2度のミスがある。でも相手が3度ミスを犯せば勝てる。これがプロの将棋なのです」
口調に求道者の趣があった。