日露戦争中、第1回旅順総攻撃直前の明治37年(1904)6月、大本営陸軍部は人事を異動し、編制も改正した。

現場では第一~第四軍編制となり、乃木希典大将率いる第三軍は旅順攻略が任務となった。

いずれ援軍にやってくるロシアのバルチック艦隊を海軍が破るためには、陸軍が旅順の山々に点在する敵要塞を占領して、旅順港内に「籠城」しているロシア第一太平洋艦隊の主力旅順艦隊を砲撃しなければならなかった。