トクヴィルの逆説――なぜ豊かな国で起きるのか
ここでトクヴィルである。
アレクシ・ド・トクヴィルは1805年に生まれた政治家であり、歴史家である。『アメリカのデモクラシー』で知られ、第二共和政では議員を務め、1849年には外相の職にも就いた。ルイ=ナポレオンが1851年のクーデターを経て第二帝政を樹立すると、彼は政治の第一線を退く。自由を掲げた革命が、なぜ再び強い中央権力と帝政に帰着するのか。その問題意識から1856年に刊行したのが『旧体制と大革命』である。構想された大著のうち第1部だけが完成し、彼は1859年に没した。
彼の問いは、なぜ貧しい民衆が革命を起こしたのか、ではなかった。なぜ革命は、ヨーロッパで最も困窮した国ではなく、豊かになり、改革も始まっていたフランスで起きたのか。これが『旧体制と大革命』の中心にある逆説である。
トクヴィルの論理は、貧困が革命を起こす、ではない。生活が改善し、政府が改革を約束すると、残された不平等が以前より耐え難く見えることがある、というものだ。改善できるはずの社会で、改善から取り残されたと感じること。それが怒りを強める。
期待と現実の隔たりが、怒りを生む
今回のフランスを考えるうえでも、重要なのは困窮の程度だけではない。豊かな国で、子どもたちが十分な教育を受けられるはずだという期待と、教員さえ足りない現実との隔たりである。
そこへ燃料価格の急騰が重なった。消費者物価全体の上昇率は3.1%でも、軽油は44.1%に達する。車が生活に欠かせない人にとって、平均値では自分の負担を捉えきれない。教育への不満と生活への不安が、政府への不信として重なっていく。
トクヴィルはもう一つ、重い指摘を残している。上からの改革は、参加の制度を伴わなければ、国家への期待を高めるだけに終わる。期待に応えられなければ、善意の改革さえ反抗を促す。
教員の増員と選抜制度の刷新は、それ自体は前進である。しかし運動がすでに物価、住宅、格差、政権への不信へ広がったあとでは、これだけで収まりにくい。譲歩が遅れるほど、抗議すれば政府は動く、という学習も生まれる。譲歩すべきでないという話ではない。早い段階での協議と、実行できる合意が要るということである。

