「忙しさ」という名の麻酔
私たちが休めないのは、会社が厳しいからでも、時間が足りないからでもない。本当は、怖くてたまらないのだ。動きを止めてしまったら、「何者でもない自分」の無力さと向き合わなければならないから。
忙しく走り回っている限り、私たちは「自分には価値がある」と錯覚していられる。だから、脳は休息を拒絶し、自ら進んで「忙しさ」という名の麻酔を打ち続けているのだ。
つまり、何のために「仕事」をするのかが明確でないのが大きな原因である。本来、人生というものは、楽しむためのものだし、幸せになるのが究極の目的であるべきだ。その幸せを実現するために仕事という手段がある。
しかし、いつの間にか「仕事」をすることが目的になってしまっている。いかにお金を稼ぐか、どうやったら働きやすくなるか、働きがいをどうやって見つけるか、といったことが取り沙汰される昨今だ。
私からしたら本末転倒で、手段が目的になってしまっていると感じる。本来は、幸せになるための手段として仕事というものがあるにもかかわらず、仕事をすること自体が目的になってしまっているのである。
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