病気になったことで見えるもの
その後、私はまず菅原さん夫婦の家計を一緒に整理することから始めました。医療費の戻り時期を一覧にし、これから必要になる治療費と生活費を月単位で見える化しました。
さらに、
・差額ベッド代をやめる
・使っていなかった民間保険を整理する
・自治体の医療費助成制度を確認する
・再雇用収入がなくなった後の生活費を現実的に組み直す
など、“今できること”をひとつずつ積み上げていったのです。
加奈子さんも、最初は暗い顔をしていました。
「このまま老後が壊れてしまうんじゃないか……」
そんな不安が頭から離れなかったのでしょう。
しかし、数字を整理し、先が見え始めると、少しずつ表情が変わっていきました。
「まだ、やり直せるんですね……」
その言葉を口にした時、隣で黙って聞いていた菅原さんが、ぽつりと言いました。
「病気になってから、お金のことばかり怖くなっていた気がします。でも本当は、妻と普通に暮らせなくなることが、いちばん怖かったんですね」
加奈子さんは何も言わず、小さくうなずいていました。
病気になったから“本当に大事なもの”がわかった
それから数年後。菅原さんは幸いにも治療が順調に進み、がんは再発することなく経過観察の段階に入りました。
以前のように無理をして働くことはありません。朝は近所の公園をゆっくり散歩し、帰りに商店街で加奈子さんと総菜を買う。そんな穏やかな毎日です。生活費も見直したことで、赤字は解消。
「お金を使わない暮らし」ではなく、“身の丈に合った安心できる暮らし”へと変わっていきました。
ある日、相談の帰り際に、菅原さん夫婦がこんな話をしてくれました。
「病気になった時は、人生が終わったと思っていました。でも、今は逆ですね。病気になったからこそ、“本当に大事なもの”がわかった気がします」
最近の楽しみは、月に一度、息子さん夫婦と孫が遊びに来ることだそうです。
小さな孫が「じいじ!」と言いながら飛びついてくるたび、菅原さんは目を細めながら笑います。
「前は“もっとお金を残さなきゃ”、ということばかり考えていました。でも今は、この時間をちゃんと生きられていることのほうがありがたいですね」
そう言って笑った菅原さんの顔には、かつて相談室で見せていた深い疲労の色は、もうありませんでした。
老後に必要なのは、“絶対に病気にならないこと”ではありません。人生には、思いがけないことが必ず起きます。それでも、制度を知り、家計を整え、誰かに相談していければ、人は何歳からでも暮らしを立て直すことができます。
不安の中で失いかけた日常を、もう一度取り戻した菅原さん夫婦の姿は、私にとっても忘れられない光景になりました。
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