時代の移り変わりが切ない理由
また、実際には人生で同じ毎日が永遠に続くことはありません。永遠に毎日が続くように思えたとしても今だけです。いろいろなライフイベントは、望もうが望むまいが、勝手にやってきますから。
そうなったときに、もしかすると同じ毎日を繰り返していた頃が「絶望」ではなく「希望」だった、なんて思う日も来るかもしれませんよ。あまりあれこれ考えず、「今の自分の気持ち」をベースに、軽やかに、能動的に動いていけばいいんです。
たしかに、私も最近、昔からテレビで見ていた人の訃報を聞いて驚くことが増えてきました。
「え、もうそんな年だったの?」
「そんなに昔の話だったっけ?」
頭の中の感覚だけ見ると、自分はそれほど年を取っていない気がするのですが、現実の時間は、確実に前へ前へと進んでいる。このズレが、時代の移り変わりをより切なく感じさせるんじゃないかと思います。
一方、子どもの頃、時間はとても長く感じました。一年が途方もなく遠い。それは脳がまだ発達の途中で、新しい刺激が次々と入ってくる時期だからです。
しかし大人になると、脳の発達はある程度完成し、記憶は「年月」よりも「エピソード単位」で保存されるようになります。すると、5年前も10年前も、感覚としてはあまり差がなくなる。
だから、訃報や昔の出来事に触れたとき、「そんなに時間が経っていたのか」と現実を突きつけられ、切なさが生まれるのです。
年齢が上がるほど一年は短く感じる
この時間の感じ方には、有名な法則があります。いわゆる「ジャネーの法則」です。
60歳の人にとっての一年は、これまで生きた時間の「60分の1」。30歳の人にとっての一年は、「30分の1」。ですから、同じ一年でも、年齢が上がるほど、相対的に短く感じられるのは当たり前と言えば当たり前です。
これは、誰か特別な人だけに起きることではなく、人間なら、ほぼ全員が通る道です。そして、これには対策があります。
人間は新しい刺激がない時間のことを短く感じる傾向があります。一方で新しい刺激があると長く感じます。先にも述べましたが、いろいろな変化を作って、なるべくワクワクするような状態を作ると、この感覚は少なくなるはずです。
とはいえ、それでも100%は消えないかもしれません。でも、それはそれでいいんじゃないかとも、私は思います。この感覚を持てるようになったということ自体、自分が人生の別の地点まで来た証拠でもあります。

