イデオロギーに基づく無理筋な裁定
訴追対象そのものと近しい立場の団体が、管轄権の入り口を決める意見形成過程に組織的に関与していた構図は、手続きの中立性に疑問を投げかける材料となる。このような状況下で、イスラエル側が、自分たちが加盟していない国際機関からの意見書提出の求めを拒否するのは当然だ。
したがって、日本の大半のメディアのように、米国やイスラエルに何ら正当性がないかのような言説を垂れ流すことには疑問が残る。両国ともに法にはうるさい国であり、理論武装はしっかりとしている。むしろ、今回のケースはICC側がイデオロギーに基づいて無理筋な裁定を下したと見るほうが妥当だろう。
赤根所長個人への制裁について、日本国内では「ロシアの指名手配に続いて米国からも制裁を受けるとは、あまりに気の毒だ」という同情論が先に立ちがちだ。人道的な感覚として理解できる面はある。
赤根所長への同情論が抱える危うさ
しかし国際政治の現実において、個人への同情と国家の政策判断とは切り離さなければならない。日本人が所長を務めているという事実とその法的な正当性は全く別問題として考える必要がある。この点を混同したまま「日本人所長を守れ」という情緒的な議論に終始することは、かえって日本外交の立ち位置を難しくし、米国からもICC加盟国からも中途半端な国だと見なされるリスクを高めるだけである。
ICC自体が超国家機関として国家主権を無視して非加盟国の元首に逮捕状を出しているのだから、所長の国籍を理由とするナショナリスト色の強い応援の言説は矛盾の塊のようなものだ。
日本政府に求められているのは、感情的な連帯表明でもなければ、リベラルな国際秩序への盲従ではない。唯一の同盟国である米国との関係を重視することだ。ICCのために米国と対立するなどバカげている。ICCは都合がよく使える時に使うだけで良い。
日本人がまず認識すべきは、常任理事国を含む主要国の多くがそもそもICCに加盟していない、あるいは事実上その管轄権を認めていないという構造的な欠陥があるという点だ。米国、中国、ロシア、インドなど世界の主要な軍事大国がローマ規程の外側に立っている中で、ICCが「普遍的な国際刑事司法」を体現していると考えること自体が幻想に近い。

