深呼吸をしても怒りが戻ってくる理由
立ちどまり、「これはとても辛い場面だ」と心の中で認める。あるいは声に出す。これには大きな力がある。深呼吸をして身体を落ち着かせようとしても、頭の中で抗議の怒鳴り声を上げているなら、それは消そうとしている火にガソリンを注ぐのと同じだ。
怒りがそこにあっていいと認めながら、手綱を譲らない。そのための言葉を自分にかける。以下に例を示す。
・「すごくしんどい場面だ。怒りを感じて当たり前だ。でも、怒りに任せても自分のためにはならない」
・「怒っても、問題は解決しない。後悔することをしてしまう」
・「怒ると、相手の立場から物事が見えない。だから、怒ったまま次の行動を決めないようにしよう」
・「落ち着けば、いい方法が見つかる。その方が自分を誇りに思える」
・「怒ったままでは、ベストの方法は見つからない。立ちどまって、少し離れよう。気持ちが落ち着いてきたら、霧が晴れる。最善の方法が見えてくる」
・「怒りは、立ちどまって、休めというサインだ。いったん落ち着こう」
怒りの警報はいつも正しいわけではない
こうした言葉は、怒りに任せて自分や相手を罵倒するより、ずっと役立つ。こうしろと指示する言葉ではないが、正しい方向に気持ちを向けてくれる。胸に手を当ててこの言葉をつぶやくのも効果的だ。優しく触れることで、自分自身にコンパッション(慈悲、思いやり)が伝わる。心が切り替わり、穏やかになる。
自分に合った言葉に変えてもいい。書き出しておき、気持ちを切り替えたいときに使う。大切なのは、そのときの自分にしっくりくる言葉を使うことだ。
怒りは、心の火災報知器だ。それが作動して、アラームが鳴る。危険だ、早くどうにかしろと訴える。
しかし、誤報もある。必ずしも火事だとは限らない。トーストが少し焦げているだけかもしれない。だから、見極める必要がある。すぐに動かないと大変なことになるのか、あるいは落ち着いて冷静に対処していいのか。
いったんその場から離れる。怒りを治める。だがそれは、相手をやみくもに赦すわけではない。相手が正しいと認めるわけでもない。ただ、いったん立ちどまる。相手の立場になってみる。

