「所有権」と「使用権」の本質的な意味

先に「インフレ経済下では、家は借りるより買った方が、決定的に有利になる」と結論付けました。なぜならば、インフレ経済下では、モノ(建物や土地)の値段は、時の経過とともに上がっていくからです。

そこで、ここでは「所有権」と「使用権」の本質的な意味について解説します。

まず、結論から先に書きます。

人生は、究極的には「全て使用権」です。

これは、私の友人で精神科医のP氏との会話の中で明白になった「人生の本質」です。「インフレ経済下では、家は早めに買った方がいい」と書いた、その舌の根も乾かぬうちに「人生は、究極的には、全て使用権だ」と書きますと、「じゃあ、家も、所有権を手にする分譲ではなくて、使用権を手にする賃貸でいいじゃないか」ということになりますね。

もう少し先に読み進めてください。

人生は、究極的には「全て使用権だ」というのは、次のような意味です。

たとえば、家に住むという場合なら、その本質的で根源的な価値は「安心して住めること」です。広い家に住みたいとか、豪華な家に住みたいというのは、本質的で根源的なことではなくて、「できればそうしたい」という「希望」の話です。

ましてや、「家を所有したい」とか、「一国一城の主になりたい」というのは、「気持ちの問題だけ」であって、決して本質的で根源的なことではありません。

であれば、「所有権」はなくてもよくて、「使用権だけ」が、きちんと確保されていれば、本質的で根源的な意味では、何も問題はないのです。

もちろん、「自分の家を持ってこそ、一人前」などという時代には、一人前だとどうしても認めて欲しくて、家を所有しようと思ってしまうのも無理もありません。

また、「自分の家を持った」という達成感を感じたいというのも、決して悪いことではありません。むしろ私は、そういう気持ちがよくわかります。

不動産売買契約書と印鑑、家の模型
写真=iStock.com/years
※写真はイメージです

しかしながら、ここではそういった高次元の欲求を考察の対象としているのではなくて、あくまでも「本質的で根源的な価値」に焦点を絞って考えています。その観点からは、「所有権」には意味がなくて、「家は安心して住めればいい」ということだけが残るのです。

このように究極的に突き詰めて考えると、「人生に必要なのは、使用権だけ」ということになります。人生においては、家や車や色んなものを「使用」して生きていき、死んでいくのです。ですから、端的に言ってしまえば、「所有」する必要はないのです。

価値の値上がり分を享受できるか

このように、「人生、全て使用権」なのですが、この本質論には唯一の欠点があります。

それは、「所有していないと、価値の値上がり分を享受できない」ということです。すなわち、「インフレに対抗できない」のです。

たとえば、買うと4000万円する住居があるとします。そこに賃貸で住むならば、家賃は月額15万円だとします。

そして、インフレ時代には、モノの値段が上がるので、10年後には同じ物件が築10年でも8000万円するとします。10年間で、額面で2倍のインフレです。

そして、家賃も2年ごとに3万円ずつ上がっていき、10年後に30万円になるとします。資産価格が2倍のインフレになるなら、理論的には家賃も約2倍のインフレになります。

すると、分譲で購入して「所有」していた人は、インフレによって、家という保有資産の価値が2倍になりますので、インフレについていくことができます。このことを「インフレに対抗できている」、または、「インフレ対抗力がある」と言います。