借金を残して出世した市長

大同の商店街の裏に回ると、古風な外装の背後に、何の変哲もない既存の建物が見える。古い街並みに見せるため、外側だけを装った建物の「舞台裏」だ。シノシティーズはこれを、文字通りの「面子工程」(体裁を取り繕うための事業)だと評した。

この事業ではまた、何千という住宅が取り壊しの対象となり、耿氏は「取り壊し市長」との異名を得たと、シックス・トーンは報じている。同誌が引用した2016年の大同日報によれば、城壁の修復事業だけで8年を要し、住民2万3000人の移転を伴った。

耿氏は2013年2月に市長として再任された直後、突如の異動で省都・太原の副書記に転じ、まもなく太原市長に就いた。大同に残されたのは、未完成の中心部と、市が抱えた約200億元(約4800億円)の債務だ。

後任の李俊明(リー・ジュンミン)市長は施政方針演説で、「資金繰りの問題は日増しに深刻化している」と認めた。

大同が支払った代償は、財政以外にも及んだ。

大同市の旧市街にある南城門、甕城、および堀
大同市の旧市街にある南城門、甕城おうじょう、および堀(写真=Charlie fong/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

住民が減り、学校も病院も街の外へ

2020年10月、大同の旧市街。孔子廟や関帝廟の向こうに、屋根の崩れ落ちた平屋がひしめき合う。

そこに残る数少ない住民の一人が、当時66歳だった呂臘喜(リュ・ラーシー)さんだ。農村から大同に移り住むと、1987年には妻と暮らすため、伝統様式・四合院で造られた住居の一室を3000元(約7万2000円)で買った。当時のおよそ3年分の給与に当たる額だった。

街の中心部に位置し、学校も近く活気があった。「毎晩、街灯の下で、人々が私たちの家の窓の下に集まって、トランプをしていました」。呂さんはシックス・トーンにそう振り返る。

かつて7世帯が暮らしたこの四合院だが、2020年当時で2世帯しかいなくなった。多くは新しい住宅を買って去った。日が沈むと、遠くで犬の吠える声だけが響く。

旧市街の再開発計画は3万〜5万人が住み続ける想定だったが、一時10万人を数えた人口は2020年時点で3万人を下回っていた。病院も学校も旧市街の外へ移った。市人民代表大会元高官で文化遺産保護団体代表の安大鈞(アン・ダージュン)氏は、「これほど減るとは誰も想像していなかった」と認める。

衰退の原因の一端が、問題の歴史街建設プロジェクトだ。2019年3月、中央政府の住宅都市農村建設部と国家文物局は、大同を含む5都市を名指しで批判し、これらの都市では「歴史文化遺産が著しく損なわれた」と指摘。

大同については「旧市街での大規模な取り壊しと建設」が行われ、「古い建物が取り壊され、偽物の建造物に置き換えられた」と批判した。