自然も人間もコントロールできないから面白い
――高野さんの著作からは、タイパやコスパに追われる日常では決して得られない、旅の実感や気づきが伝わってきます。
ぼくが行くのはアジアやアフリカの辺境で、タイパやコスパを求めて急いで効率的に旅しようとしても絶対にうまくいかないんですよ。そもそも人間が、天候や川の流れをコントロールするのは不可能です。
とはいっても、ぼくも日本に住んでいるからタイパ・コスパの感覚が染みついてしまっていますからウンザリすることもある。今年4月にトルコ南東部を取材で再訪したとき、知り合いのクルド人が旅の手伝いをしてくれました。でも、まっすぐ目的地に行かないで、あちこち寄り道する。「これから俺の従兄弟の家に行こう」とかね。これから取材をするのに、どうして従兄弟の家に行くのかと思っちゃう。
でも彼らにとって誰かといることは、人生を豊かにする大切な時間なのです。だからちょっとでも暇があれば親戚に会いに行く。初対面の日本人が一緒でも。クルド人にとって、それは損でもなんでもない行為なんです。
もう一つ思うのは、やっぱり自分がコントロールできないことに、いちいち目くじらを立てても仕方がない。相手に「ああしろ」「こうしろ」と言っても、いい結果は生まれないじゃないですか。そんなときは、まさに川旅のように流れに身をまかせるしかない。人間社会も、川や天候と同じ自然の一部だと思っていないと、やっていられないんですよ(笑)。
「ネガティブ・ケイパビリティ」
これまで多くの探検旅に出ましたが、いつも順調なわけじゃない。謎は謎のまま、未知は未知で終わることもある。
今回の旅も一筋縄じゃ行かなかった。川旅は、発見や登頂のような明確なゴールがないから、書きにくいったらない。結果的にティグリス=ユーフラテス川の旅を始めてから8年かかってようやく本になりました。連載最終回に間に合わないまま、休暇でトルコに行ったことで道がようやく開けたんです。
――その結果、これまでにない川旅を記した作品が生まれまたわけですね。ノンフィクションには待つ時間が重要だと感じました。
大事ですね。最近、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が浸透し、ビジネスにおいて重要だとされていることをたまたま知りました。不確実なものや未解決のものを受容する能力、という意味で使われている用語です。
あまりにも広く使われている言葉なので、これはぼくなりの解釈ですが、ビジネスも探検も無力感に耐えることが大事なのかもしれません。


