肥沃な三日月地帯の理由
――これまでとは視点が違う川旅では、どんな発見があったんでしょうか。
天国のように美しい川、東部に多く住んでいるクルド人の農家の家や生活を知ることができたのは非常に貴重な経験でした。なにより、教科書でしか見なかった「ティグリス=ユーフラテス川」、「メソポタミア文明」といった断片的な知識が、川旅によってつながり、悠久の歴史を感じられたのには心底感動しました。
これは同行した“世界で最も川を旅した男”こと、山田高司さんのおかげです。親しみを込めて「隊長」と呼んでいるのですが、彼は、自然科学への造詣がとても深く、植物、鳥、虫、魚、地質だけではなく、文明史、地球史、宇宙史まで精通しています。
ぼくの関心は、川沿いに暮らす人たちの文化や生活ばかりに向くのですが、同じ景色のなかを旅しているはずなのに、隊長が見ている風景はまったく違いました。
川旅の途中、トルコ東部に広がる盆地状のアナトリア高原に立ち寄りました。高台から景色を眺めていると、突然、隊長に質問されました。
「肥沃な三日月地帯って知ってるやろ? あれ、なんで肥沃か知ってるか?」
知識が川のようにつながっていく快感
ぼくだって肥沃な三日月地帯くらい知っています。ティグリス=ユーフラテス川からパレスチナにかけて土地が豊かだから、古代メソポタミア文明が栄えたのは、歴史の授業で習ったし、本でも読んでいました。ただ、なぜそこが肥沃なのか考えたこともなかった。
「二つの大陸プレートが衝突して隆起したところにモンスーン(季節風)がぶつかって雨を降らすんや」
地球の自転により、アフリカ大陸からユーラシア大陸に、「南西→北東」へと風が吹く。その季節風は地中海を通るときに湿った空気を吸い込んで、アナトリア高原の山にぶつかって、雨を降らす。その雨が川となって流れて、下流の平原部が肥沃になる……。
ぼくも文明史は好きなのですが、知識がバラバラの点でしかなく、線でつながっていなかった。教科書には「肥沃な三日月地帯」とは書いていても、なぜ肥沃かの説明はありません。ですが、隊長の目を借りてアナトリア高原を眺めていると、目前の風景と知識がつながり、何千万年、何億年という単位で地表が変化した歴史を感じることができたんです。
めちゃくちゃ興奮していたら、「いまさらそんなことに驚いてんのか」と隊長は呆れていましたけどね(笑)。


