文章を区切ると読みやすくなる

例文をいくつか挙げてみよう。

利点としてコスト削減がある一方で、欠点として品質低下の懸念がある。
→利点はコスト削減だ。一方、懸念点は品質の低下である。

利便性が高いが、没入感に欠ける。
→利便性が高い。ただし没入感に欠ける。

テクノロジー企業が参入するようになり、業界構造が大きく変わった。
→テクノロジー企業が参入した。これによって業界構造は大きく変わった。

この施策は若年層に人気がある一方で、高年層への浸透率は低い傾向にある。
→この施策は若年層に人気だ。一方、高年層への浸透率は低い。

重要なのは読書量ではなく、読書の質であることが指摘されている。
→重要なのは読書量というより、質である。

だからたとえば先ほどの例文であればこうなる。

本調査を通じて、以下の事実が明らかになった。

南アジアの地方部において、地場産業は「物を売る」段階から「知を編む」段階へと移行しつつある。産業現場が記録の生成場所となり、職人や生産者が自らの歴史を記述する主体となっている。この点は特筆に値する。ブックタウンやサードプレイスのような都市的な空間には依存していないのである。

そもそも元の文章が内容的に何を言っているのかわかりづらいので、直したところで「何が言いたいんだ?」と思うだろう。その根本的な問題はさておくとして、文章を区切ったほうが見通しがよくなることはおわかりいただけるかと思う。

文章のリズムが単調だとAIっぽい

もっとも、文筆家のなかには、芸風として長い一文を書く人もいる。文章のリズム的に一文を長くしたほうがしっくりくる場合も当然ある。

プリントアウトを見ながら、画面上の文言に反映をしている女性
写真=iStock.com/Antonio_Diaz
※写真はイメージです

一文の長さがどのくらいだといい感じに思うのかについては、好みの問題もある。私は長い文章全般にケチをつけたいわけではないし、直したほうがいいと言っているわけではない。AIの書く「一文が長い」文章は読みづらいし、延々と同じくらいの文章の長さを単調に書き続けていくことが読みにくさやつまらなさにつながっている、という話だ。