いまだに「宮様意識」が強い人も…
今回取り上げたのはすでに亡くなられた方ばかりだが、はたして現在の旧宮家の方々はどうなのだろうか。
皇籍離脱世代に右派思想が目立ったのは、軍人になる義務を課せられていた戦前生まれの男性皇族なればこそであって、養子対象になる若い世代はそうではない、と信じたい。
しかし、旧宮家の最長老の一人である伏見博明氏(元・伏見宮博明王)が近年になっても次のように述べていることが、筆者にとって無視しがたい不安要素となっているのだ。
「僕などは旧皇族の中ではリベラル派だと思っているんですよ。いまだに自分は宮さまだという意識の強い人もいますからね」――『旧皇族の宗家に生まれて』(中央公論新社、令和4年)176頁。
旧宮家の方々は、旧陸軍の親睦団体「偕行社」を通じて戦後も元軍人との繋がりを保つなど、保守層寄りの人脈を形成することが多かった。その人脈が今なお受け継がれているとすれば、若い世代の人格形成にまで影響を及ぼしているという可能性は否定できまい。
今般の議論では、ごく短期間ながらも旧宮家が「日本国憲法及び現行の皇室典範の下で、皇位継承資格を有していた」ことが強調されてきた。だからこそ、皇籍復帰はまかり間違っても「戦前回帰」などとみなされてはならない。
国が養子に期待するのは、ただ男系継承の支えとなるのみにとどまらない、象徴天皇制を支える存在であることだ。もしもそれを自覚していない方が「天皇の在り方を正す」第一歩として名乗りを上げたとしても、宮内庁には容赦なく選考から弾いてもらいたい。
象徴天皇制を揺るがさぬ養子の人選を
ここまで養子自身への懸念を述べてきたが、皇位継承資格を有するとされたその子孫については心配に及ぶまい。すでに言及した閑院氏は晩年、自らのアイデンティティーについて次のように答えている。
「出は伏見宮だけれども、伏見宮のほうの先祖には甚だ申しわけないが、あまり先祖のような気がしないで、血統は違うけれども、閑院宮家の先祖を自分の先祖と思っているんです」――『偕行』通巻第388号(昭和58年4月)4頁。
養子縁組の対象者はみな伏見宮家の血筋であるものの、まさに閑院氏がそうだったように、その子孫たちは養方の宮家のほうにこそ帰属意識を持つようになるであろう。すなわち、象徴天皇制をこれまで支えてきた現在の宮家に対して、である。
ふさわしい方を養子に迎え入れられさえすれば、その後のことはきっとうまくいくはずだ。言い換えれば、とにかく養子の人選を誤らないことが最重要であるといえよう。
養子縁組とは、皇族になるための単なる手続きではない。養子縁組を経るということは、現存する宮家の基本姿勢を受け継ぐということでなければならないのである。
高円宮久子妃殿下がご著書『宮さまとの思い出』(扶桑社、平成15年)にお書きになった文章を紹介して、本稿の締めくくりとしたい。
「高円宮家は、宮さまのお考えがあるからこそ高円宮家なのであって、宮さまが亡くなられても、宮さまのお考えが基本となります。(中略)宮さまからの教訓のようなものが子供にきちんと伝わらなければ、宮さまにとっても、宮家にとってもとても悲しいことです」
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