「国体はまげられている」元・閑院宮の「思想の強さ」

まずは、閑院純仁氏――皇族時代は閑院宮春仁王――を取り上げたい。

閑院宮春仁王(のちの閑院春仁、改名して閑院純仁氏)は、第16騎兵連隊において大尉として従軍し、中隊長を務めた
閑院宮春仁王(のちの閑院春仁、改名して閑院純仁氏)は、第16騎兵連隊において大尉として従軍し、中隊長を務めた(写真=PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

彼は実際には伏見宮家の血筋であるものの、江戸時代中期に創設された閑院宮家の名跡を父・載仁親王が受け継いだ結果、よく「今の皇室と血統が近い」と誤解されたそうだ。由緒ある宮号のおかげで、旧皇族の中でも独自の存在感があったということだろう。

そんな閑院氏についてだが、その著書『激流 戦争から平和へ・二十一世紀への道』(土屋書店、昭和45年)に触れたならば、おそらく現代日本人の多くが「思想の強さ」に驚愕するに違いない。

「敗戦以来今日(昭和四十五年)までの、日本の国の姿、天皇のあり方も、また正常なものではない。即ちわが国体はまげられている。それは敗戦にもとづく戦勝国側の作為的強制政策(則ち当時の占領政策、対日方針)と、それに立脚する憲法に原因し、且その思想を盲従的に承けつぐ所の現在の国民的風潮とによる」

まるで右派政治家のような主張だが、驚くのはまだ早い。閑院氏の筆致は、この直後にいっそう過激さを増しているのである。

「与論の構成に大きな力を持っているマスコミ、及び青少年の思想育成に絶対ともいうべき影響力を有する教育者、即ち偏向大学教授から、日教組系の学校教師にいたるまでの人々、それは進歩的文化人と呼ばれる戦後発生の変態的智識人の浅薄な理論を拠り処として、国民思想の混乱を激成している」

敗戦後の日本は「国体」を護持できなかった――。閑院氏はそんな発想のもとに、天皇を戦前の形に戻そうと訴えた。曰く、「日本の建て直りの根本は、国体の問題、即ち天皇の在り方を正すことにある」。