山車からくりを修理・復元する職人

犬山の車山が今の形になったのは成瀬正虎公が祭りを奨励した1650年以降だが、現在のような精巧なからくりが制作されたのは江戸時代中期以降と言われている。

犬山祭
犬山祭、2017年4月2日(写真=バリストン/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

ただ、車山は実際のお祭りで使うもの。当然、壊れたり傷んだりすることもあり、定期的に修復する必要がある。そうした修復で中心的な役割を果たしているのが9代目・玉屋庄兵衛さんだ。新作の座敷からくりを発表する一方、山車からくりの修復も手がけるなど、からくり師として江戸時代から続く職人技を今に伝えている。

江戸末期に田中久重が制作した「弓曳ゆみひき童子」を完全復元するなど、その技術に対する評価は高く、修復を手がけた車山も数多い。「IMASEN 犬山からくりミュージアム」の中に工房を構えており、不定期で人形の制作風景を公開している。

からくり人形の「弓曳き童子」
からくり人形の「弓曳き童子」(田中久重作、久留米市教育委員会蔵)(写真=稲益 誠之/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

2026年1月9日、犬山市観光協会の事務局長、後藤真司さんの案内で犬山からくりミュージアムを訪ねると、運のいいことにちょうど9代目が在廊していた。そのまま20分ほど話を伺うかがったが、車山の修復は極めて難易度の高い仕事だということを痛感した。

茶運び人形には7種類の木材を使う

車山は文化財に指定されており、修復する場合は元の姿と同じように修復する必要がある。それはからくりの動作だけでなく、人形の顔や衣装の素材などすべてにおいて、だ。からくりは木でできているが、使われている木は1種類ではなく、部位に応じて複数を使い分けている。茶運び人形の場合、顔は細工がしやすく変色もしない檜ひのき、胴体は桜、歯車には花梨など7種類の素材を用いるため、修復する際は木の選定から始める。

また一体ごとに人形の顔が違うため、人形の顔を正確に写し取らねばならない。歯車も、カムも、大道具や小道具も、すべて自分で作る必要がある。木を削り出すための道具も自分の手に合ったものを自分で作るというからちょっとビックリだ。

茶運び人形
茶運び人形(大英博物館所蔵)(写真=PHGCOM/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

ゼンマイのバネにはクジラの髭

特に印象に残っているのは、ゼンマイのバネとして使われているクジラの髭ひげの調達だ。江戸時代のからくり人形はゼンマイのバネにクジラの髭を使ったが、今の時代はなかなか手に入らないため、過去に修復した際には和歌山県太地たいじ町の「くじらの博物館」に頼んだり、漁師が持っているものをもらったりしたそうだ。

「大変な家に生まれてしまいましたね」。そう言って9代目は笑っていたが、からくりと車山という伝統を継承する責任の重さは常人には計り知れない。既に後を継ぐべく息子さんが腕を磨いていると聞いてほっとしたが、技術や伝統を継承する難しさを改めて感じる。