おだやかな顔と愛のことばで
ことばがむらむらと怒りを持たないようにするには、「和顔愛語」という仏教の特効薬があります。これは「おだやかな笑顔(和顔)とやさしいことば(愛語)」で常に人と接するということ。
もとはお経にあることばですが、道元禅師はとくに「愛語」を重んじ、「愛語は愛心より起こり、愛心は慈心を種子とせり。愛語よく廻天の力あることを学すべきなり」(愛語とは慈悲を種子とする愛の心から起こるもの。愛語にはあらゆる困難を一変させる力のあることを学ぶべきだ)と言っています。
愛語の「廻天の力」とは、たとえば怨敵の憎悪さえ打ち砕き、君子をして善の心に目覚めさせる力があるというのです。そしてこんなことばも。
面と向かってやさしいことばをかけられたら思わず顔に喜びがあふれ、心は楽しく嬉しくなる。人づてにやさしいことばを聞いたなら、嬉しさもありがたさも心に刻まれ、一生忘れることはない――。
愛語はまさに愛のことばなのです。
老人に安心され若者に慕われる人
先にも紹介した「和顔愛語」(常におだやかな表情でやさしいことばを話す)の心がけをしていると、こんな人物になれるかもしれません。周囲のだれも不機嫌にしないというだけで、十分人に慕われる人物像ではないでしょうか。
ここでいうバラモンとは理想の修行者、最高の弟子といった意味で、『論語』でいうなら「君子」にあたることばと考えればいいでしょう。その『論語』には、弟子に「先生の望む人物像を聞かせてください」と問われ、孔子がこのように答える話があります。
「子曰く、老者はこれを安んじ、朋友はこれを信じ、少者はこれを懐けん」(公冶長篇五)。
老人には安心され、友人には信頼され、若者には慕われる――そんな人物になりたいものだな、と孔子は言うのです。
人間として、まさにそれで十分ではないでしょうか。こういう人物に不機嫌になる人はいないでしょう。私たちも自分の資質に応じて「こうなりたい人物像」のイメージを持つことは、人生の指針として思いのほか有効かもしれません。
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます


