戦争が泥沼化した時点でロシアの「詰み」

たとえここからロシアが盛り返して「戦術的勝利」を得、占領地を手に入れたところで、ここまで甚大な犠牲を払って得た地が自らがき尽くした”焦土”とあっては目も当てられません。

孫子もこういさめています。

国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。

戦争が泥沼化した時点ですでにロシアは詰んでおり、かの国に戦後待ち受ける運命は「戦略的敗北」一択です。

戦後のロシアは数年を経ずして解体するでしょう。

そもそも戦などというものは「敵国から攻め込まれて、政略も通用しなかったときに仕方なく応戦するもの」であって、こちらから吹っかけるものではありません。

19世紀から20世紀前半にかけての「帝国主義段階」であれば、そういうこともありましたが、現在はもうそういう時代ではありません。

開戦前、世界的に高名な専門家・学者・分析家はおろか、莫大な経費を投じて情報収集している研究機関ですら皆、口をそろえて「開戦となれば、ウクライナは2週間と保たずに降伏するだろう」と大合唱する中、筆者だけが「もし開戦となればかならずロシアが敗ける」と公言していました。

しかも、「可能性が高い」ではありません、「かならず」です。

トランプが何か言うたびに、局地戦でロシアの勝報が届くたびに、「やはりロシアの勝ちだ!」と喚く者が後を絶ちませんでしたが、筆者は微塵もブレることなく、トランプが何を言おうが、局地戦の勝敗がどうであろうが、「かならずロシアが敗ける」と主張しつづけてきました。

「道理に逆らえば破滅」は歴史の摂理

そして、歴史は筆者の“予言”通りに展開していきます。

なぜ筆者だけが確信的に「結果」が見えていたのでしょうか。

別段、筆者にオカルティックな予知能力があるわけではありません。

「道理に逆らう者は例外なくかならず破滅する」という歴史の“摂理”を理解していたからにすぎません。

「プーチンだって歴史を学んでいなかったはずがない」と思うかもしれませんが、「どんな至高ヴィンテージワインも、死蔵され誰の喉も潤わさないうちに朽ちゆくなら、それは存在しなかったと同義である」ように、歴史で得た知識も人生に活かせないならば「知らない」と同じです。

繰り返しになりますが、歴史知識は“実践”に活かされて初めて意味を持つのですから。

殷鑑いんかん遠からず、プーチンが自らの人生を破滅させてまで「悪手のお手本」のような覆轍ふくてつ(失敗の前例)を示してくれているのに、今まさに習近平は台湾でその轍をそのまま辿ろうとしています。

彼が歴史に永くその名を刻むほどの無能だということがわかります。

モスクワのアルバート通りに置かれたウラジーミル・プーチンと習近平のパネル
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです