17歳の少女は下半身を喰い尽くされ

なぜなら翌年になると、同じ増毛村で、人喰い熊事件が連続して二件も起きるからである。

齋藤銀吾というものは去る十八日、青草を採ろうと妻テツを連れ、字ノプ沢山中というところへ差しかかると、向こうより大熊が現れ出たので、銀吾はソレというより藪蔭に隠れ、テツもいずれかへ隠れた様子だったが、程過ぎて、もはや熊もおらぬだろうと思うころ、出て見ると妻はおらず、そこあたりの森を尋ねても影さえないので、我が家へ立ち帰り、人夫数十名を雇って山中をくまなく捜索したが、さらに見えず、さては先刻、隠れ遅れ、または熊の目にかかって害されてしまったと、力なく、その趣を同地の警察へ届け出た(「函館新聞」明治23年5月23日)


六月六日、増毛郡阿分あふん村の婦女が四、五名連れだって、青菜摘みのため近傍の山に登ると、突然大熊が一匹現れたので、狼狽し、みな藪蔭に陰かくれたが、池田善五郎の雇女ヨテ(十七年)が哀れにも熊に捕まってしまった。藪蔭からこれを見ていた婦女等は声を限りに助けを呼び、その声が阿分村に達し、漁夫等が鉈や鎌を携へて駈付けると、熊はいずれかへ逃げ去り、ヨテの死体は腰から両脚まで肉を食われていた(「函館新聞」明治23年6月18日)

地元の古老が語った恐ろしい記憶

この事件については、発生年に若干の記憶違いがあるものの、一緒に山に入った5人の女性の1人から事件の詳細を聞いたという地元古老の回顧談が残っている。

【笹井】熊の話だけど、俺の母親の伯母さんになる「アキ」という人は、今生きていれば百何十歳になるが、昭和13年に82で亡くなった。子どもの時によくその人におんぶさって、いろいろな昔の話をしてもらっていたんだ。

その人の話で、ここから700mくらい行った所に、アキさんが25歳の時というから、だいたい逆算すると明治15、6年ごろ。5人でワラビ採りに行ったとき、熊に襲われて「ヨデ」という18歳になる女の人が熊にとられた(殺された)と、そんな話を子どもの頃聞いているんだ。(中略)

【笹井】何でも、一緒に行ったみんながいないもんだから、一人になり探していて熊に食われてしまったそうだ。(中略)

【笹井】その熊はそこで捕らえられないで、舎熊しゃくまの方へ行って人を襲ったとかで、何でも神主さんだかが襲われたそうだが、その人はとられなかったらしいけれども……(『ましけむかし記録保存事業第1号』増毛町教育委員会・元陣屋、笹井秀雄)