後にも先にもないほど怒っていた

増田さんとの数えきれないやりとりのなかで、もっとも印象深い出来事があるといいます。人事の責任者をしていた30代の頃、髙橋さんは大きなミスを1日隠していました。取り繕えばやり過ごせるかもしれない。そう思ってしまったのです。翌日どうにもならないと分かり、ようやく報告に行くと、後にも先にも見たことがないほど増田氏は怒っていました。

「エラーをしたことは、俺は1ミリも責めるつもりはない」

許せなかったのは、ミスそのものではなく、髙橋さんが自己保身に走ったことでした。柱が折れれば屋根が落ちる。その下には社員と、その家族がいる。なぜリスクを共有しなかったのか、と。

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