覚悟か、あきらめか、安堵か

もっとも戦国時代の女性の胸の内を、文献史料をもとに正確に解明するのは困難だ。「御くやしく候」も城を出されたのが悔しいというより、もっと単純に、浅井が「戦いに負けた」ことが悔しい、そう読むこともできるだろう。

お市の考え方については研究者たちがそれぞれの見解を示しているので、筆者の知る限りあげておきたい。

北川央氏(織豊期政治史)

織田信長が荒木村重の妻子、家臣たちの妻子、女房たち数百人を惨殺して以降、縁坐えんざが拡大する傾向にあったため、秀吉に投降せず勝家と共に死ぬ決断をした(縁坐:罪を犯した本人のみならず家族・親族まで処罰されること)。