ドル危機という言葉が忘れ去られて久しいが、1971年8月の金とドルの交換停止(ニクソンショック)に伴う変動相場制度への移行や、1970年代末に進んだ世界的なドル安は、過去の“ドル危機”と称された現象だ。いずれも米国の財政が持続可能だと金融市場が判断し、それを米政府が容認せざるを得なくなったために生じたのである。
グローバルな金融危機直後がその典型だが、米国の財政赤字や経常収支の赤字の水準が莫大でも、それが致し方のない措置の結果だと金融市場が評価するなら、米国の金利はそこまで上昇しない。しかし、イラン戦争に伴う軍事費の増加のように、不必要な歳出の拡大を金融市場は評価しないため、金利上昇とドル安が進むのは当然の帰結だ。
保護主義や対外拡張に囚われるトランプ大統領の姿は、任期途中で辞任に追い込まれた故リチャード・ニクソン元大統領(1969~1974年8月)とよく似ている。辞任のきっかけとなったウォーターゲート事件は、泥沼化したベトナム戦争を遠因とした出来事だ。伝統的に孤立主義外交を尊ぶ米国の大統領にとって、戦争は鬼門そのものだ。
“弱くて安いドル”を生み出すことに
イラン戦争がどのような終幕を迎えるか定かではない。一つ言えることは、米国が本質的な意味で勝利を迎える公算は限りなく小さいということだけである。湾岸諸国や、湾岸諸国からエネルギーの供給を得ているアジア諸国に対する影響力の低下は政治と経済の両面で避けられないだろう。意図せざる形で米国は孤立することになりそうだ。
その孤立が確たるものかは、米国債への需要が構造的に減退するかどうかで判断できるだろう。諸外国の投資家が、米国の経常収支赤字であり財政赤字を支える意思を弱めたなら、米金利は高止まりないしはさらなる上昇を余儀なくされる。金利の構造的な上昇は国債の価値を毀損することから、それを基に発行されているドルも価値を失う。
そうなれば、グローバルなドル安はさらに進むことになる。そもそもトランプ大統領は、ミランFRB理事やナバロ上級代表らとドルの基軸通貨性を維持ないしは向上させつつ、ドル安を実現しようと画策していた。いわば“強くて安いドル”を演出しようとしたわけだが、結局は、意図せざる形で“弱くて安いドル”を生み出すことになるわけだ。
この弱くて安いドルが実現したとき、円がどうなっているかはよく分からない。当初はグローバルなドル安圧力の下で円が買われる可能性が高いが、中長期的には日本の財政危機が意識されて円安に回帰するかもしれない。そもそも外貨建て資産の大半がドル建てだから、米国発の財政危機やドル危機の影響を日本は直撃せざるをえない。
減税をしている場合ではない
日本がリスクヘッジという点でコントロールできる変数は、日本のマクロ経済運営だけである。要するにいたずらな拡張型の財政政策運営に邁進せず、物価目標に即した金融政策運営に集中する以外に方法はないわけだが、残念ながら、そうした機運は今の日本には存在しておらず、今後とも醸成される可能性は低いと言わざるを得ない。
それどころか、高市首相は消費減税のみならず、ガソリン補助金の継続も判断したようだ。こうした財政拡張はもちろん金利高・円安要因だが、そればかりではなく米国の金利上昇を促し、財政危機やドル危機を誘発しかねない側面も持っている。自らの財政拡張が招く危険性に対する危機感が今の官邸にどの程度あるのか、定かではない。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)


