わずか数分の会話で人生が変わった

南アフリカでは、20軒以上のワイナリーを訪問。ある日、目星をつけていたワイナリーの1つ「A.Aバーデンホーストワイナリー」にメールを送ると、まるで気心知れた友人のように「いつでも来い」と返ってきた。

早速訪問した佐藤さんを出迎えてくれたのは、当主のアディ・バーデンホーストさん。南アフリカを代表する醸造家で、1990年代後半、南アフリカワインのあり方を覆した一連の取り組み「スワートランド・レボリューション」を牽引した主要人物の1人だ。南アフリカのワインが世界から評価されるきっかけを作った張本人である。

そのアディさんが「こんなところで日本人が何してるんだ?」と言ったのは、冒頭のとおり。

佐藤さんと一緒に写っている写真を見ると、アディさんは口まわり、あご、もみあげに豊かなヒゲを蓄えた男性だ。表情から茶目っ気がありそうな雰囲気も伝わってくる。

佐藤さんとアディさん
写真提供=佐藤さん
佐藤さんとアディさん

アディさんはワインではなく、タバコとコーヒーで佐藤さんをもてなした。

「『僕はシェフでソムリエだけど、旅へ出る前に自分の店を閉めてきた。ワインについてもっと知りたい』と、自分のことをありのまま話しました。思わず『ワインを造りたい』と口走ったら、アディが『ここでワインを造れよ』って言ったんですよ」

心の中で「マジ⁉」と叫ぶ佐藤さん。かたい握手を交わした後、アディさんはすぐにどこかへ行ってしまった。2人が話した時間は数分足らず。

当時アシスタントワインメーカーで、現在の兄弟子にあたるヤスパーさんは「日本人と働けるなんて超かっこいい」と興奮していた。ドラゴンボールのファンらしい。続けて「ケイジ、オマエはラッキーだよ」と言った。

帰りの道中、車を運転しながら佐藤さんは頭の中でぐるぐる考えた。アディさんが本気なのかイマイチ分からない。

ワイン1000本分のブドウ畑

ワインの世界において、アディさんは見上げても見えないほど上の存在。二つ返事でワイン造りを許されても、信じていいのか分からない。「アフリカン・ジョーク」と言われたらそれまでだ。

しかし、少しでもチャンスがあるなら逃すわけにはいかない。翌日、佐藤さんが思い切ってアディさんに電話をかけると「興味があるなら、明日の朝6時にワイナリーに来い」と言われた。

南アフリカのブドウ畑
写真提供=佐藤さん
南アフリカのブドウ畑

ブドウ畑に向かいながらワインについてさまざまな話をする。そのなかで、アディさんは「まずは1000本だ」と言った。佐藤さんはアディさんのワイン造りを手伝う代わりに、ワイン1000本分の畑を借り受けることになった。

南半球の南アフリカでブドウを収穫するのは1月。再び戻ってくると約束し、佐藤さんは2016年11月に日本へ帰国した。