「クワイエット」のさらに一歩先

マーケティングの世界では、消費行動が「モノ消費(実用品の所有)」から「コト消費(体験の価値)」へ、そして近年では「イミ消費(意味・社会的価値への共感)」へと進化していると言われている。

富裕層のクワイエット・ラグジュアリーへの移行は、まさにこの「イミ消費」の極致である。

事実、世界のトップトレンドはすでに「クワイエット・ラグジュアリー」からさらに一歩先へと進み始めている。2025年以降、ファッション業界で新たに語られ始めたのが、「ジェントル・ラグジュアリー(Gentle Luxury)」と「レイジー・ラグジュアリー(Lazy Luxury)」という2つのキーワードだ。

ジェントル(優しい)という言葉が示す通り、前者は単なる上質さだけでなく「人や環境への優しさ」や「精神的な豊かさ」に重きを置いたラグジュアリーの形だ。

イタリアの最高峰ブルネロ・クチネリなどがこのテーマを掲げており、生産者の労働環境に配慮して作られたオーガニック素材や、長く大切に着続けることができる天然素材が好まれる。他者からの見え方よりも、「地球や社会、そして自分自身に優しい倫理的な選択をしている」という心の平穏を満たすことが、最大の贅沢とされている。

ブルネッロ・クチネッリ、ウィーン店
写真=iStock.com/travelview
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一方のレイジー(怠惰な・くつろいだ)ラグジュアリーは、最高級の素材をあえて「肩の力を抜いて、リラックスして着崩す」スタイルだ。極上のカシミヤで作られた、ゆったりとしたニットや、シルクのワイドパンツなど、まるでルームウェアの延長のようなエフォートレス(頑張りすぎない)なアイテムを主役とする。

一見すると無造作でルーズに見えるが、触れればその素材と仕立ての美しさが際立っている。「他人の目を気にして完璧に着飾る」のではなく、「自分が一番心地よく過ごせること」を最優先にする大人の余裕と自由の体現である。

究極のラグジュアリーとは

方向性は違えど、この2つの新しい潮流に共通しているのは、「高級ブランドのロゴで他人にアピールする時代は終わった」という明確な意思表示だ。ベクトルが完全に「自己の内面」に向かっているのである。

彼らがロゴなしの上質なカシミヤを選ぶのは、他人に「すごい」と思わせるため(自己顕示)ではない。「肌に直接触れた時の圧倒的な心地よさ」や「代々受け継がれてきた職人の手仕事」といった、自分自身だけが感じ取れる『内的な充足(ナラティブ)』に対して莫大な投資をしているのである。

淡いカラーのウール
写真=iStock.com/Serhii_Yushkov
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巨大なロゴは、常に「他者のための記号」である。それを削ぎ落とした無地の服を着るということは、他者の目を気にすることからの解放を意味する。服はもはや「見せびらかすための鎧」ではなく、「自分自身の内面と対話し、日常を心地よく過ごすための装置」へと回帰したのだ。

情報過剰で、誰もがSNSで他人の人生を覗き見し、記号(ロゴ)の多寡でマウンティングし合う現代社会。その狂騒から離れ、ロゴという虚無的な記号を捨てて、自らの哲学と心地よさを取り戻すこと。これこそが、資本主義の使い捨てゲームから降りた本物の富裕層が行き着いた、最も知的で切実な防衛策であり、現代における究極のラグジュアリーの形なのである。

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