勢力拡大のために行った「踏み絵」

山崎拓氏を支持する約10人の「早麻グループ」の解体も、同じ文脈で起きた動きだ。

グループの中心である早麻清藏氏は12期48年にわたって県議を務めた有力議員で、特に県議会では山崎氏を支える実務責任者のような役割を果たしていた。その早麻氏が引退の意向を周囲に漏らしはじめたのは、実際に引退する2011年の2年ほど前のことだった。藏内氏はこれを好機と見て、グループの解体に着手した。

解体の手段として藏内氏が選んだのは、麻生渡県知事(当時)への厳しい議会追及だった。通産省(現・経済産業省)出身の中央官僚であった麻生氏は、自動車産業の誘致など中央でのパイプを利用した政策を中心に据えていた。

県内の地方部である筑豊、筑後の県議にとってはそれが不満だった。地方振興が後回しにされる恐れがあるからだ。しかも何の根回しもせず、常にトップダウンだったため、県議との対立感情は根強かった。筑後が地元の藏内氏も同様だった。

藏内氏は早麻グループの議員に、議会で麻生氏への厳しい質問をぶつけさせた。工業団地用地から大量の産業廃棄物が発覚した際には、夜中まで追及させたという。当時の議員らはこれを「踏み絵」と呼んだ。藏内氏に従って厳しい質問に立つか、それとも逃げるか。

こうして早麻グループは事実上、藏内氏の統制下に組み込まれていった。この強権発動的なふるまいにより、徐々に藏内氏に対する過剰な忖度の風潮が出始めたのだ。

2000万円カツアゲの背景

藏内氏が対立したのは麻生元知事だけではない。その次の小川洋元知事とも対立を繰り返した。そのため県職員は両者の板挟みになることが多く、県議だけでなく、県職員も藏内氏に忖度するようになっていった。

早麻氏が引退した2011年当時の自民党系議員は定数87に対して50人弱いた。世代交代も順調に進んだが、期数の同じ議員たちのポストを巡る争いが激化した。

自民党県議団では「時計の針は戻さない」という不文律があり、期数の下の者が議長を担えば、期数の上の者は議長になれない。

吉松源昭氏
吉松源昭氏(写真=福岡県議会公式サイトより)

だが、時計の針を戻したことがあった。それが今回話題になっている吉松源昭議員の正副議長就任である。通常、福岡県議会では当選4回に達した議員が議長職に就くことが慣例だった。しかし、吉松氏の議長就任は当選5回目の時。

福岡県議会においてポスト就任の際、「議長は1000万円、副議長は500万円」と噂されていたが、吉松氏が2000万円を払ったのは、時計の針を逆戻ししたからではないかと囁かれているのだ。金銭授受疑惑もポスト争いがあるがゆえだろう。同期の議員が多ければ競争が起きるのは当然のことである。