タイでの性別適合手術

「タイにはおよそ2週間滞在しました。帰国後も療養は必要なので、たまった有給休暇を使ってトータル1カ月休みました。僕の場合は、途中で面倒ごとが起こるのは避けたかったので、日本のガイドラインに沿って進めました。

カウンセリングで性同一性障害の診断を受けた後、大学病院で体の検査を受けた上で男性ホルモン注射を打ち始め、ホルモン剤の影響やメンタルの変化を慎重に観察し、1年以上の期間を経て手術を受けました。子宮・卵巣を取れば女性ホルモンがほぼ作られません。なので生涯にわたって男性ホルモン投与が必要になります。その後は、ホルモン剤を長期間打てないと体調が少し悪い気がしますが、定期的に打っていれば問題ありません」

ちなみに、タイへの渡航費用やチケットの手配、送迎、入院、手術、術後抜糸までのホテル滞在費、近隣への観光の付き添い、動く先々での同行通訳、妻の同行代などがパックになって、100万円ほど支払ったという。定期的なホルモン治療は自費診療で、1回あたり2650円とのことだ。

帰国後に妻の妊娠がわかった

タイ滞在中、妻はずっと体調が悪そうだった。帰国後に婦人科を受診すると、妊娠していることがわかった。

「あなたが良ければあなたと育てたい。嫌だと言われたらシングルで育てる」

そう妻に告げられた熊部さんは、少しも悩まずにこう答えた。

「嫌なわけない! 僕でいいなら父親にしてください」

遺伝子上の父親が熊部さんではない。おそらく、葛藤があったと想像できるが、なぜ無条件で受け入れることができたのか。当時のことを振り返り、熊部さんは語る。

「僕は、自分で妊娠出産でもしない限り自分の子を持つことは無理です。かと言って父親にはなりたくても母親にはなりたくないので、はなから自分の遺伝子は諦めていました。

僕と結婚することで彼女が子どもを産みたいと思う気持ちを諦めさせる気持ちは毛頭なく、彼女の子なら全然愛せるので、もし今回のパターンのようになってなくても、いずれ子を持ちたいと考えていました。なので言い方はアレですが、“棚ぼた的に子どもがついてきた”感じです。

葛藤があったとすれば、僕みたいなのが父親で、子どもに不利益を与えることになったらどうしようかと思ったことぐらいです。まだ8週くらいの頃に父親になれたので、一緒に大きくなっていくお腹を見て、出産にも立ち会いました。胸を張って僕の子だと思っています」

妻の両親は、知人に“トランス男性”がいたことで、交際には寛大だった。しかし結婚となると義母は反対だったが、妻の妊娠が発覚すると、「シングルで育てるよりは」と渋々受け入れてくれた。

拡大鏡で、トランスジェンダーシンボルおよびジェンダークイアフラッグに似たマークを見ている
写真=iStock.com/champpixs
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熊部さんの両親は、継父は無関心だったが、母親は猛反対だった。

「交際中は、娘の友だちだと思っていたのか、母は妻のことを可愛がってくれていました。でも結婚となると、『娘が娘じゃなくなっただけでも受け入れがたいのに、娘に奥さんと子どもまでいるなんて考えられない』と言われました」