中国市民には「協力する義務」が求められる
この流れの背後にあるのが、習近平体制下での「国家安全」重視である。
中国国家安全部(MSS)は、軍とは別系統の文民情報・防諜機関として知られるが、公開情報は限られる。2025年9月1日に公開された米CBSニュース「60 Minutes」の記事では、元米外交官ジム・ルイス氏の見方として、MSSは世界最大級で、最も活発なスパイ機関になったと紹介された。
本来、MSS、人民解放軍の情報部門、公安機関、国有企業、大学ネットワークは、それぞれ別の組織である。ファイブアイズの警告が名指ししたのは中国軍情報機関であり、海外警察拠点の問題は公安系の話である。それでも西側が警戒するのは、これらが中国共産党の国家安全戦略のもとで、技術、人材、データ、海外華人社会をめぐって連動して動いているように映るからだ。
2025年7月14日に更新されたカナダ安全情報局(CSIS)の中国国家情報法に関する分析では、中国の市民には国家情報・安全機関に協力する義務があると説明されている。中国側から見れば合法的な国家安全制度だが、海外の企業や大学から見れば、民間の個人・企業と国家機関との境界線が見えにくくなる。
海外拠点は「53カ国・102カ所」に広がる
「50カ国・100拠点」という数字も、この不信を象徴している。
2024年8月7日に更新されたカナダ公安省の議会向け資料では、スペインのNGO「Safeguard Defenders」の報告として、中国の海外警察拠点が30カ国54カ所、追跡報告では53カ国102カ所とされたことを紹介している。
これはMSSのスパイ拠点数そのものではない。だが公安、軍情報、国家安全、国有企業は組織としては別系統でも、海外から見れば「中国の国家機関が国境を越えて動いている」という一つの警戒感として受け止められる。
中国がこうした情報網を広げる理由は、技術覇権、軍事近代化、対米競争、体制の安定にある。米国連邦捜査局(FBI)の「The China Threat」ページでは、中国政府と中国共産党に由来する防諜・経済スパイ活動を、米国の経済的繁栄と民主的価値への重大な脅威と位置づけている。同時に、脅威の対象は中国人や中国系の人々ではなく、あくまで権威主義政府の政策とプログラムだとも明記している。
この区別は重要だ。西側当局が警戒しているのは「中国人だから」ではない。国家機関、軍関連組織、国有企業、研究ネットワークが、民間交流や人材市場を通じて情報収集につながる構造そのものを警戒している。だからこそ、標的は政府職員だけにとどまらない。AI研究者、航空宇宙技術者、半導体エンジニア、量子や素材の専門家、通信インフラに触れる事業者まで、標的の範囲は広がっている。

