「民間向け講演」にスパイの影

研究交流は、情報収集が最も自然に紛れ込める入り口の一つである。2026年5月20日付で公表されたドイツ連邦検察庁(GBA)の発表によれば、ミュンヘンで拘束されたドイツ国籍の夫婦は、中国の情報機関のために軍事利用可能な技術情報を得ようとした疑いがある。

2026年5月20日に配信されたロイターの記事によれば、夫婦は航空宇宙工学、コンピューター科学、人工知能(AI)の教授らと接触していた。一部の研究者は民間向け講演のつもりで中国へ招かれたが、実際には国有防衛企業の関係者が同席していた疑いがあるという。

問題は、研究者本人がどう考えていようと、軍民両用の技術は民間の成果が軍事能力に直結してしまうことだ。人工知能(AI)は無人機、画像識別、指揮統制に使われ、航空宇宙はミサイル、衛星、偵察、輸送能力と重なる。研究室の成果発表が、相手国の防衛産業にとっては入手困難な実用ノウハウそのものになりうる。

中国はこの接続を「軍民融合」として制度化してきた。民間企業、大学、国有企業、軍需企業の境界を薄くし、商業技術を軍事近代化へ取り込む発想である。西側から見れば、普通の共同研究や招聘が、相手国の防衛能力を底上げする技術移転になりかねない。ミュンヘンの事件は、その疑念を強めた。

中国の国旗の色を背景にした中国人ハッカーのイメージ
写真=iStock.com/Leestat
※写真はイメージです

民泊に建てられた“直径2メートルのアンテナ”

情報戦の標的は、人間から通信インフラへ広がっている。

2026年2月5日に配信されたロイターの記事によれば、フランス当局は、中国人2人を含む4人を逮捕し、捜査判事のもとに送った。パリ検察当局は、中国人2人がスターリンクの衛星ネットワークや軍を含む重要機関のデータを取得し、中国へ送ろうとした疑いを調べているという。

現場はフランス南西部ジロンド県の民泊物件だった。住民が直径約2メートルのパラボラアンテナに気づき、周辺でインターネット障害が起きたことが端緒になったと報じられている。捜索では、衛星データ取得に使われたとみられるアンテナやコンピューターシステムが押収された。

スターリンクは、ウクライナ戦争で軍事通信や災害時通信の価値を世界に示した。低軌道衛星通信は、地上インフラが破壊されてもデータを届ける。だからこそ、通信の傍受、妨害、解析は、戦場だけでなく平時の情報戦でも意味を持つ。フランスの事件は、情報工作が人間の勧誘から宇宙インフラの周辺まで広がったことを示している。

中国側は一連の疑惑を否定している。2026年6月4日付で公表された在カナダ中国大使館の回答では、ファイブアイズの警告について「中国スパイ脅威」は完全な捏造で悪意ある中傷だと反発した。フランス事件についても、中国外務省は中国人の正当な権益保護を求めたとロイターは伝えている。