鼻と目に秘められた「破邪の力」
それにしても、猿田彦の怪異な容貌は何なのでしょう。
いろんな解釈はありますが、その巨体は、圧倒的な力と王のごとき風格を思わせるものです。そして特異な鼻と目。これらは強力な呪力と霊力を象徴するものといわれ、とりわけ「八咫鏡のよう」で「赤ホオズキのように」ギラギラと光る目は、闇を照らし悪霊を退ける「破邪の力」や、「すべてを見通すマジカルな力」をあらわすと考えられています。
ちなみに「八咫鏡」の「八咫」は、「非常に大きい」「立派な」の意ですが、あえて「八咫鏡のよう」とした表現は意味深です。八咫鏡はただの大きな鏡ではなく、皇位を象徴する三種神器のひとつであり、太陽の象徴にして天照大神の依り代、そして伊勢の神宮・内宮の御神体でもあります。そして、天上界から地上世界までを照(光)らす存在だったとも書かれています。これらは何を示唆しているのでしょうか。
結論をいえば、猿田彦は、太陽神・皇祖神として伊勢に祀られた天照大神の神話が成立する過程で神話にとりこまれた、在来の太陽神(男性的な太陽神)だったのではないか――そうも考えられているのです。
迷える者の道を照らす神
猿田彦の出現ポイントにも注目してみましょう。先の「天之八衢」なる場所です。
一般的な解釈では、「八衢」の「八」は“多く”の意で、「衢」は“道が交差し、分かれる場所”のこと。瓊瓊杵尊にとっては、異界の手前に出現した、いくつもの道が交差する分岐点で、まったく先を見通せず、立ちすくんでしまうような場所だったのでしょう。
そこに、「お待ちしていました!」と、ギラギラと光を放ち、道案内を買って出てくれた巨神が登場したわけです。
「参詣者には、猿田彦さまの御神徳は、『道開き』にあるとお伝えしています」と、日枝神社(東京都千代田区)のセレスト・ハルト権禰宜。
「道開き」とは、物事のはじまりに際して道案内となり、物事を良い方向へと導いてくれる御神徳。特に猿田彦神は、「天孫降臨」の場面で瓊瓊杵尊を先導した事跡により、「私たちが人生の岐路においていずれの道を進むべきか思案にくれるとき、その行路の別れ道(岐・ちまた)にあって、御神徳を発揮されます」(日枝神社のHP)とのことだ。

