海に飲まれ、国家そのものが消える
住めなくなった土地を捨て、数千万人、数億人という人々が、少しでも涼しく、水のある北半球の中緯度地帯(ヨーロッパや北米)を目指して大移動を始めます。これは、国境という概念を物理的に押し流す、前代未聞の安全保障上の脅威となります。
また、太平洋やインド洋に浮かぶ島国(ツバルやモルディブなど)や、バングラデシュのような低湿地帯を抱える国々は、海面上昇によって国土そのものが物理的に海に沈み、地図上から消滅する危機に瀕しています。彼らにとって温暖化は、経済的な損失ではなく、国家の「死」を意味するのです。
一方で、温暖化を密かに、あるいは公然と歓迎している国々が存在します。
それが、北半球の高緯度に広大な領土を持つ「ロシア」と「カナダ」です。
これまで、これらの国の領土の大部分は、一年中凍りついた永久凍土(ツンドラ)や、寒すぎて農業ができない針葉樹林帯(タイガ)でした。面積だけは広いものの、人間が住み、経済活動を行うにはコストがかかりすぎる「死んだ土地」だったのです。
しかし、気温が上昇すると、この状況は一変します。
「凍れる巨人」ロシアとカナダの覚醒
永久凍土が溶け、気候帯が北へ移動することで、かつての極寒の荒野が、小麦や大豆を栽培できる「広大な農地」へと生まれ変わるのです。
本書の第3章で、ロシアが「凍らない港(不凍港)」を求めて南下を繰り返してきた悲しい歴史について触れました。しかし、地球全体が暖かくなれば、わざわざ戦争をして南の港を奪う必要すらなくなります。自国の北極海沿岸の港が、一年中使えるようになるからです。
さらに、寒さが和らぐことで、暖房にかかる莫大なエネルギー消費が削減されます。ロシアやカナダにとって、温暖化とは、国土の有効面積が何倍にも広がり、農業生産力が爆発的に向上し、物流のコストが下がるという、まさに「天の恵み」なのです。
ロシアのプーチン大統領が、過去に「気温が数度上がれば、毛皮のコートにお金を使わなくて済むし、農業生産も増える」と発言したことがありますが、これは単なる強がりではなく、高緯度国家が抱く地政学的な本音です。
温暖化が進めば進むほど、ロシアは農業大国として、また資源大国としての力を増し、真の超大国として覚醒する可能性を秘めているのです。
