資産家としては間違いなく「成功者」だが…
目の前で職人が刃を振るい、極上の素材が鮨へと姿を変えていく。その神聖な儀式のような空間を、超高級ワインのアルコールとともにある種の「エンターテインメント・ショー」として消費する。これこそが、自己顕示欲と承認欲求に突き動かされた新興層の行動原理である。
彼らは資産家としては間違いなく成功者だ。しかし、富裕層マーケティングの視点から見れば、彼らの行動は「誰もが分かりやすい高価な記号(高級店、高級ワイン)」を足し算しているにすぎない。ステータスを誇示するためにお金を使っているうちは、本質的な文化へのリスペクトは育たず、最終的に残るのは「高い金額を支払った」という領収書の事実だけである。
一口に富裕層と言っても、まったく別の世界もある。
見栄やステータスでの消費をとうの昔に卒業し、成熟の域に達したトップエリートたち――いわゆる「オールドマネー」と呼ばれる代々の資産家や、教養を備えた本物のエグゼクティブたちは、シンガポールで400万円のワインを開けることにも、銀座で予約半年待ちの高級店でマウンティング合戦をすることにも興味を持たない。
では、彼らは一体どのような鮨の食べ方をするのか。
プライベートジェットで向かう先
彼らが冬になると、新幹線やプライベートジェットに乗ってまでわざわざ目指す場所がある。
それが、富山県の氷見をはじめとする地方の港町の鮨屋である。
訪れるのは、一人数万円もするような煌びやかな高級店とは限らない。地元の人々も足を運ぶような、一見すると大衆的で、庶民にも手が届くような価格帯の店であることも珍しくない。それは決して「コスパが良いから」ではない。数百万円の交通費と宿泊費という見えないコストをかけてまで、わざわざ富山へ足を運ぶのには、極めて知的でダイナミックな理由が存在する。
彼らが求めているのは「美味しい寒ブリ」という“結果”だけではない。「奇跡の地形で育まれた究極のエネルギー」そのものを、現地で直接摂取しに行っているのである。
ここで、少しだけ地理の授業のような話にお付き合いいただきたい。富山湾がなぜ「天然の生簀」と呼ばれるのか、その理由を知れば、成熟した富裕層たちが何を面白がっているのかが見えてくる。


