「4000mの壮大な大自然の循環システム」

富山県には、標高3000m級の立山連峰がそびえ立ち、そこからわずか数十kmという極めて短い距離で、水深1000m以上にも達する富山湾の深海へと急激に落ち込んでいく特異な地形がある。冬になり、立山連峰に降り積もった大量の雪は、やがて雪解け水となり、広大な森林の豊かな腐葉土を通ってたっぷりと有機質(ミネラル)を蓄えながら、海へと一気に流れ込んでいく。

このミネラル豊富な雪解け水が、富山湾の複雑な海底谷の地形と交わり、プランクトンを爆発的に発生させる。そして、その豊富なエサを求めて、ブリをはじめとする多種多様な魚たちが定置網に飛び込んでくる。つまり、目の前の一貫の鮨は、3000mの山頂から1000mの海底に至る「4000mの壮大な大自然の循環システム」が作り出した、奇跡の結晶なのである。

立山連峰
写真=iStock.com/KKKvintage
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成熟した富裕層たちは、この地球科学的、あるいは地理学的なメカニズムという「圧倒的な情報(コンテクスト)」を事前にインプットしている。

その上で、冷たい冬の空気を感じながら富山のカウンターに座る。「なるほど、あの雪山から流れ込んだ水が、この脂の乗った寒ブリを育てたのか」と、大自然のエネルギーの循環を脳内で立体的に想像し、職人の丁寧な仕事に敬意を払いながら、その一貫を口に運ぶ。

彼らは舌の上の味蕾みらいだけで味を判断しているのではない。圧倒的な知識と情報、そしてその土地の空気感という「文脈」を総動員して、「脳で理解しながら食べている」のである。

これこそが、お金だけでは決して到達できない、教養と知的好奇心に裏打ちされた「超一流の知的ガストロノミーツーリズム」の真髄だ。

なぜ海外VIPが鮨に魅了されるのか

西洋由来のラグジュアリーブランドや高級フレンチは、金箔やトリュフ、煌びやかなシャンデリアなど、豪華な要素を次々と積み重ねる「足し算の美学」で価値を創出してきた。シンガポールで400万円を支払い、高級ワインの酔いの中で職人を独占することに優越感を覚える新興層の消費行動は、この足し算の極致にある。

一方、日本の鮨や和食の文化は、極限まで無駄を削ぎ落とした「引き算の美学」である。白木のカウンターに、米と魚という最もシンプルな要素だけが置かれる。ごまかしの利かないその削ぎ落とされた空間において、最高の価値を生み出すのは「その食材がどこで、どのような自然の摂理(奇跡)によって育まれたか」という目に見えない情報だ。

海外のVIPたちが最終的に西洋の足し算のラグジュアリーに飽き、日本の和食や地方のガストロノミーに熱狂するようになるのは、この「削ぎ落とされた本質に自らの知性でアクセスする」という、より高度な知的好奇心を満たしてくれるからである。

数百万円の旅費をかけて地方の港町へ赴き、一杯の地酒とともに、目の前の一貫に凝縮された奇跡の地形の物語を読み解き、大自然のエネルギーを取り込む。

どちらも同じ「鮨を食べる」という行為に変わりはない。しかし、そこに投じられた資産の使い道と、得ている体験の質(解像度)には、天と地ほどの差がある。