前近代の医療と糖尿病の認識

藤原道長が生きた平安時代の日本では、まだ西洋医学や糖尿病に関する正確な知識は存在していませんでした。当時の医療は、中国から伝わった漢方医学が中心で、病気の原因は「気」や「体内のバランスの乱れ」によるものと考えられていました。

この中で、糖尿病は「消渇しょうかつ」として知られ、身体が渇ききってしまう病気とされていました。

糖尿病の発症が体内の代謝異常によるものであるという理解はなく、治療には主に食事制限や漢方薬、針灸などが用いられました。