通勤に便利とは言い難い街だった

筆者は2000年頃に夫の仕事関係で武蔵小杉に引っ越してきたという女性に話を聞いたことがある。当時は、まだ都心回帰が鮮明とまでは言えず、武蔵小杉もタワマン街と認識されていなかった。

つまり、その彼女は昔ながらの住民とタワマン民の中間層にあたる住民ということになるが、当時の彼女は「(東急東横線一本で移動できる)中目黒や自由が丘のようなオシャレ感はない。いたって普通の街」という認識で、タワマンに居住していたものの、それを特に誇るような素振りはしなかった。

武蔵小杉駅は東急の東横線のほか、2000年に東急目黒線の電車が発着するようになって利便性が向上。その一方で、JR線は南武線だけしか利用できなかった。

南武線は東京の立川駅―神奈川県の尻手駅とを結ぶ本線や臨海部に支線を擁する路線だが、都心部に直通する路線ではない。東横線で渋谷駅まで直通できるとはいえ、動線面から見れば都心部で働くビジネスマンにとって通勤至便な街とは言い難かった。

そうした都心へのアクセスに難点を抱えていた武蔵小杉駅だったが、2010年に横須賀線のホームが新増設されたことで取り巻く環境は大きく変わっていく。もともと横須賀線の線路は武蔵小杉駅をかすめるように敷設されていたがホームは設置されておらず、電車は通過するだけだった。

便利になった一方で、深刻化した駅の混雑

ホームが設置されたことで、武蔵小杉駅には横須賀線と湘南新宿ラインの電車が発着するようになり、横須賀線で東京駅まで、湘南新宿ラインで新宿駅まで一本で移動できるようになった。この鉄道移動の利便性向上は武蔵小杉のタワマン街化を語る上でも欠かせないターニングポイントといえる。

東京都側から武蔵小杉方面を望むと、異様なタワマン風景を見ることができ、現在もタワマンの建設計画が進んでいる
撮影=小川裕夫
東京都側から武蔵小杉方面を望むと、異様なタワマン風景を見ることができ、現在もタワマンの建設計画が進んでいる(2019年3月)

鉄道路線の充実によってタワマン街となった武蔵小杉には多くのニューファミリー層が住むようになり、通勤時間帯には駅改札に入場できない人が駅外の通路にまで溢れる光景が日常的になった。

駅の混雑は事故を誘発するリスクを伴い、事故は列車の遅延といった輸送障害をもたらす。輸送障害が起きれば線路でつながった離れた駅にも伝播する。武蔵小杉駅の混雑は単に武蔵小杉だけの問題にとどまらず、遠く離れた横浜や平塚、果ては総武線で船橋市や千葉市、湘南新宿ラインでつながるさいたま市にも影響を及ぼす。

そのため、行政も駅の混雑対策を講じる必要性に迫られることになる。川崎市は分散出社や駅の入場規制といった対策を講じているものの、目立った効果はあげられていない。

タワマンは一棟完成すると、居住人口は500〜1000人単位で増加する。タワマンに居住するニューファミリー層は共働きのパワーカップルが多く、ゆえに居住者の大半は通勤者でもある。武蔵小杉の事例は鉄道という交通インフラで露呈したが、上下水道やゴミの処理といった面で表出することもある。