敵は「自分自身の中」にいる
子育てとの両立について、腹を括ったことも大きかった。
「仕事と子育てを両立できなくなったらどうするかと考えて、もしそうなったら自分は子育てを選ぶという答えを出したんです。親であることに1番の優先順位をつけたことで、ちょっとズルいかもしれませんが、自分はいいお母さんなんだと思えるようになりました」
30代で修羅場を乗り越えた経験は、その後の仕事に大きな影響を与えていると村木さんは言う。
「くよくよ悩むより、仕事の内容を整理して今やれることからやる、人を頼るときは躊躇なく頼るというトレーニングが積めたのは大きかったですね。若い人の中には昇進を嫌がる人が多いと聞きますが、ポストに連動した仕事の面白さがあるのも事実だし、ポジションが上がることで見える景色が変わるのも事実です。ダメなら辞めると腹を括って、上を目指すのもいいと思います。敵は常に、自分自身の中にいるんですよ」
「ポチ」になって立場を逆転
気になるのは親子の関係だ。村木さんは1991年に次女を出産しているが、夫の協力もあって長女が中学生の頃には、子どもたちの方から「そろそろ保育ママを卒業したい。自分たちで食事を作れるようになりたい」と申し出てくれるまでに成長してくれたという。
しかし、子どもの成長過程には少々不思議な出来事もあった。
「次女が小学校低学年の頃、私のことをポチと呼ぶ遊びを始めたんです。私がポチになっている間は、人間の言葉はしゃべれないし家事もできないというルールなんです。わずか10分か15分ですが、私がポチになって次女の支配下に置かれると、彼女は満足して家の中の雰囲気がとてもよくなった。親は忙しいと『早くしなさい、ちゃんとしなさい』になりがちですが、もしかすると彼女は、立場を逆転したかったのかもしれませんね」
村木さん、本気でポチになったのだろうか?
「完全に犬になりきりましたよ(笑)。子育てと仕事の両立は大変ですけれど、ひとつだけ言えるのは、仕事と子育てに追われた30代は、とにかく濃かったということです。子どもが生まれたことによって、圧倒的に人生が濃くなりましたね」
人質司法によって164日間の拘留を受けた際、家族は「家のことは心配しなくていい」と言ってくれたという。それは必ずしも思いやりから出た言葉ではなく、「本当に私がいなくても回るチームに育っていたんです」と、村木さんは笑った。



