伝・本丸付近には石垣以外の遺構も

ここまで見てきた主尾根は東西に伸びるが、「伝・沢田丸」から南へも尾根が伸びている。観音寺城の「伝・本丸」は、その尾根を下った先にある。標高は「伝・本丸」のほうが30〜40m低い。主尾根付近より平地が広かったため、この位置になったのだろうか。

伝・本丸の内部
撮影=今泉慎一(風来堂)
伝・本丸の内部

土塁と石垣のハイブリッド構造物が西面と南面を守っている。「伝・本丸」への入口は3カ所。東側からのルートには大石段が伸びている。

大石段を下から見上げる
撮影=今泉慎一(風来堂)
大石段を下から見上げる

石造りの長大な石段ということで、「最初に見た安土城の大手道のモデルだったのでは?」との説もあるようだ。確かに傍に排水溝があるところなど共通点はあるが、幅も狭いし微妙に屈曲している。同類とみなすには無理がある。

逆の西側は、入口は食い違い虎口になっている。さらにその先は、麓の桑実寺くわのみでらからの登山道。なかなか急な坂道で、少し下った位置には井戸がある。

伝・本丸裏虎口
撮影=今泉慎一(風来堂)
伝・本丸の裏虎口
大夫井戸。石組枠の中に今も水を湛える
撮影=今泉慎一(風来堂)
大夫井戸。石組枠の中に今も水をたたえる

井戸の中はもちろん、屋根のような構造物まで石積み。これは極めて珍しい。三つ目の「伝・本丸」への入口は、南下に隣接する「伝・平井丸」から尾根づたい。ただしこの尾根、一部に切れ込みがあるため、そこを埋めて道を繋げてある。その様子は、側面から見るとよくわかる。

大石段下から少し南の登山道より
撮影=今泉慎一(風来堂)
大石段下から少し南の登山道より

石垣だけでなく、井戸も井戸の屋根も、通路まで。「総石垣の元祖」とみなされるだけある。