尾根沿いの曲輪に残る石垣の数々
まず、城の北東端にある「伝・布施淡路丸」。基本的には土の急斜面に囲まれているが、上端部分だけ石垣が積まれている。
曲輪内はほぼ正方形で、周囲が一段と高くなっている。土塁もあるが、一部は石垣で囲ってある。ぐるっと囲んだ窪地状の方形曲輪、甲賀や伊賀でよく見られるタイプだが、甲賀や伊賀のそれは、たいてい土塁のみで石垣はあまり見かけない。石垣は自然石を積んだ野面積みだが、隙間に細かい石を詰め崩れにくくしている。
「伝・布施淡路丸」から西へと伸びる尾根上に並ぶ曲輪群は、ほぼ土造り。ただし最も西端の「伝・沢田丸」から少し下ったあたりには、見事に一直線に伸びる石垣が見られる。
上記の縄張図には記載がないが、ここは「伝・蒲生邸」ともされる。蒲生家といえば、六角家から織田家へと主君を変えた近江名家。本能寺の変直後に安土城が落城した際、蒲生賢秀・賦秀父子が信長親族の女性たちを救出。息子の賦秀はのちの蒲生氏郷。豊臣政権下で大出世を遂げる人物なので、「豊臣兄弟!」後半で登場が待たれる武将の一人だ。




