安土城をはるかに凌ぐ巨城
六角義賢、またの名を六角承禎。京都にルーツを持つ近江国(現・滋賀県)の戦国大名だ。信長の妹・お市の嫁ぎ先、浅井家も一時は義賢に臣従していたし、京を追われたのちの15代将軍・足利義昭も義賢のもとに身を寄せた時期もある。
この六角家の居城・観音寺城が、戦国でも稀に見るほど広大かつ凝った造りの城なのだ。特に城域の広大さは「全山=城」といっても過言ではない。さらに比高(麓からの標高差)も、安土城の105mに対して、観音寺城は325mと、およそ3倍も高い。つまり、安土城を遥かに凌ぐ標高と城域の広さを誇る居城なのだ。
脅威なのは城域や比高だけではない。城内の至るところに、石垣はじめ石造りの構築物が築かれている。それらを東から順に見てゆこう。



