国の不作為による「冷たすぎる仕打ち」

この間、チャンスがなかったわけではない。2003年12月、来日したモンゴル大統領、バガバンディと当時の首相、小泉純一郎が交わした共同声明に抑留資料の提供が盛り込まれ、翌2004年8月、抑留者1万330人分の個人記録が提供された。ところが、大半は身元特定には関係ない生還者の記録で、肝心な死亡者の個人記録はほとんどなかった。

書影
井手裕彦『モンゴル抑留』(角川新書)

どこでどう食い違いがあったのか。今となってはわからないが、首脳の共同声明にまで盛り込まれたのに、日本側の意図がモンゴル政府に通じていなかったのは確かだ。

さらに問題は、この後の対応である。日本政府から死亡者の個人記録を提供してほしいという要請はモンゴル政府にされていない。死亡者の個人記録には、生年や死亡日、所属部隊などの情報が記載されており、ソ連地域の身元特定数を増やす大きな一因となった。

それを厚労省は知っているのにモンゴルには何も手をつけていない。約200人の身元未特定者が残っているのは、国の不作為による「冷たすぎる仕打ち」だったとしか思えない。

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