疎外感の中で亡くなったモンゴル抑留者

日本政府を相手取った抑留者への補償請求訴訟は最高裁で敗訴するものの、判決で重労働の深刻さが認められ、立法的な救済措置が必要だとされた。そして2010年、抑留期間に応じて25万円から150万円の特別給付金を国が支給する「戦後強制抑留者に係る問題に関する特別措置法」が成立。6万8847人に計192億9855万円が支給された。

「シベリア抑留」という言葉が普及するまで使われていたのは、この法律の名称になった「戦後強制抑留」である。政府内では今でも「戦後強制抑留」を使うが、役所言葉の臭いが抜けない「戦後強制抑留」では世間の理解はこれほど進んだだろうか。

「シベリア抑留」は一方で、シベリア以外での抑留を人々の認識から消し去る副作用を生んだ。モスクワ周辺や中央アジアといったソ連領内は「ソ連での抑留」としてとらえられるのでまだいい。国が違っていた「モンゴル抑留」は、より副作用の被害が大きかった。