オールドカマーが「西」に住んだ理由
日本に来る外国人は、時代ごとに異なる地域へと定着していった。最後に、外国人の居住地の変遷を見てみよう(図表4)。
1950年の外国人人口は関西より西側が約6割を占めていたが、2020年になると東海より東側が約7割となっている。外国人の分布は「西」から「東」へと移り変わってきた。
外国人が日本にやってくる理由として最も大きいのは、経済的な動機によるものだ。地方在住者が就職を契機に移住するのと同様、外国人もより高い賃金や幅広い就業機会を求めて日本にやってくる。一見自発的な移動であっても、機会の欠如を背景としたやむを得ない移動であることは珍しくない。
戦前の「外地人及外国人」の8割以上を占めていた朝鮮人は、九州や関西に多かった。これはより朝鮮に近いという距離的な事情に加えて、製鉄や石炭など重工業の中心が西日本にあったことも大きい。当時は、鉄の原料となる鉄鉱石も中国から船で輸入をしていた。外国人が「西」に多かった理由は、大陸との関係を抜きに考えることはできない。
経済中心の移動に合わせて「東」へ
一方、1980年代以降に増加したニューカマーは、関東や東海などの「東」に移り住んできた。主に留学・就学ビザでやってきた中国人たちは、大学や日本語学校が集まる首都圏にまず住むようになった。「日系」というルーツに基づく在留資格を持つブラジル人は、学校の立地には制約されず、東海や北関東で自動車産業などの製造業に従事した。
外国人の分布には、各時代の政治と産業構造が刻まれている。戦前において大阪が東京と並ぶ経済の中心であったのは、植民地を後背地としていたからに他ならない。「帝国日本」から「戦後日本」への領土の変化は、日本の経済的中心をより「東」へシフトさせた。それにともなって、外国人の分布も「西」から「東」へ移動したのである。

