地政学リスク分析を商品にする専門会社
1998年、政治学者のイアン・ブレマー氏がニューヨークに設立したユーラシア・グループは、地政学リスク分析を企業に販売する専門会社である。社員の約半数が世界各地の政治・安全保障を分析するアナリストで構成され、JPモルガンやエクソンモービルといった大手から多国籍企業約400社を顧客に持つ。
毎年発表される「世界10大リスク」は、テレビなどでも話題になり、日本語訳も発表されていまやCEOや機関投資家の必読文書になっている。
ユーラシア・グループが体現しているのは、「政治学者が企業に直接知見を売る産業が成立している」という事実だ。アメリカではCIAやNSA出身者が民間企業の地政学顧問になる土壌があり、地政学リスクを財務リスクと同列に議論する文化がある。
ダボス会議で世界のCEOたちが安全保障を語るのは当然のことである。アップルのティム・クックが中国リスクをサプライチェーン戦略として投資家に公式説明する姿は、アメリカの新たなビジネス文化の象徴だろう。
その先を行くのが、データ分析企業パランティア・テクノロジーズ(Palantir Technologies)や防衛テック企業アンドゥリル・インダストリーズ(Anduril Industries)だ。
パランティアは国防省・情報機関・民間企業に同じプラットフォームで地政学分析を提供し、安全保障と経営判断をシームレスにつなぐ。アンドゥリルは2026年に50億ドルを調達し、企業価値610億ドルに達した。
かつて「バリュー投資」の対象だった米防衛産業は、AI・ドローン・無人システムを背景に「成長産業」として再定義されており、トランプ大統領のビジネス感覚がそれを後押ししている。
日本には「ユーラシア・グループ」がない
では、日本はどうか。ユーラシア・グループに相当する日本発の民間地政学リスク会社は、事実上存在しない。
「個人商店シンクタンク」として活躍する専門家やジャーナリスト、経産省OBなどが立ち上げた小規模な専門会社、デロイト・PwC・KPMGといった大手監査法人が専門チームを設けてオプションとして経済安全保障サービスを提供するなど、近いものはたしかにある。
だが、それらは「コンサルの一部門」「政策顧問の副業的活動」の域を出ておらず、地政学分析を独立したビジネスとして成立させた会社は見当たらない。
なぜ日本にユーラシア・グループのようなものが生まれなかったのか。ここには3つの構造的理由がある。

