作らないと決めていた歌を作り始めた

当時、有名になった中城ふみ子さんの「乳房喪失」という歌集に触発されたこともあり、春日さんは歌を作り始めた。

「歌を作って、切り抜けたんです。喪失感に浸るとかじゃなくて、自分が跳ねていくため。自分が強くならなくちゃって、それしかなかった。今まで歌に囲まれて生きていても、自分では作らないと決めていた。だから、これは大転換です」

妻なりし過去もつ肢体に新しき浴衣を存分に絡ませて歩む(『北国断片』)

高らかに生身の人間としての自己を歌い上げた一首は、20年近くの時を経て出版された、春日真木子第一歌集『北国断片』[昭和47(1972)年]の巻頭歌となった。自分の意思で、颯爽と時代を切り開いて生きる、新たな女性の姿がそこにあった。

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