中国市場を席巻する日本の工作機械
牧野フライス製作所が誇る、高い技術による精密加工。こうした精度の高い加工技術は同社のほか、日本の工作機械メーカーが広く備えている強みだ。
製造業で世界的なシェアを誇る中国に目を向けても、その国内の工作機械シェアでは、日本勢が優位に立っている。
英経済紙のフィナンシャル・タイムズが引用するバンク・オブ・アメリカのデータによると、中国の工作機械市場では、日本を含む外資系メーカーが約3分の2のシェアを握る。
シェア上位企業を見ると、元富士通の数値制御部門が独立したファナック(33%)、三菱電機(20%)、シーメンス(ドイツ、16%)となっており、上位3社のうち2社は日本勢だ。
さらに、工作機械本体の製造企業としても、DMG森精機のシェアが世界最大となっている。DMG森精機は森精機製作所とドイツの「ギルデマイスター(DMG)」が統合して誕生した。森雅彦代表取締役社長兼グループCEOが率いる同社は、RTXやキャタピラーなど約100社のグローバル企業が顧客として名を連ねる。
同社から工作機械を購入していない企業ですら、ベンチマーク(性能比較テスト)や試加工、コンサルティングを求めて訪れると、米製造業専門メディアのアドバンスド・マニュファクチャリングは伝える。直接的な売買の関係を持たない世界の企業が日本のメーカーを頼りにしている。
中国メーカーが直面した「暗黒の10年」
工作機械は、中国語で「母机」と呼ばれる。
機械を生む機械という意味であり、その名が示す通り、すべての製造業の出発点となる母なる存在だ。この母机を自らの手で作る力を、中国は国を挙げて追い求めてきた。
その構想の中心となったのが、東北部の遼寧省や黒竜江省だ。建国以来の重工業基地として工作機械産業を担ってきた地域だが、市場経済への転換とともに、徐々に国有企業群は競争力を失っていく。
打開を図ったのが瀋陽機床集団(SMTCL)だが、その道のりは波瀾万丈であった。
SMTCLの関錫友社長は1988年、上海の同済大学を卒業後、父と同じく同社の工員となった。中国系英字紙のチャイナ・デイリーの取材で、関氏は、「当社で工員として働くのが輝かしい時代だった。当社の工員というだけで彼女もできやすかった」と当時を振り返っている。国有企業の工員であること自体が誇りだった時代の話だ。
だが対外開放が進むにつれ、SMTCLは「暗黒の10年」(1993〜2002年)に突入する。
北京大学政府管理学院の路風教授がまとめたリポートによると、この10年間、新規採用はゼロ。従業員は2万7000人から1万1000人に激減した。
そこへ2003年、中央政府が転機をもたらす。東北の旧工業基地の振興策を打ち出し、工作機械産業はようやく「黄金の10年」(2003〜2013年)を迎えることになる。

