見るべきは「仕事」より「人間」
仁田さんは高1のとき、1カ月間家出した。野球推薦で入学した高校の野球部をわずか2カ月で退部。両親に黙っていたことが発覚し、父と激しく衝突したのがその理由だ。
行くあてもなく、同級生の家に泊めてもらっていた仁田少年。ある日、友人の母が「近くに焼肉屋ができてアルバイトを募集しとるよ」と声をかけた。それが「牛ちゃん尾道店」との出会いだった。
採用後、仁田さんは高校の授業後に毎日のように店へ向かった。高校生は22時までしか働けない。それでも終業後、自分から「残って手伝わせてください」と申し出て、片付けや仕込みを続けたという。
すると心配した母が「何時やと思っとるんじゃ、帰れ」と電話してきた。だが父は母を制した。
「アイツが初めて自分で決めて頑張っとるんじゃ。やると言うんなら最後までやらせえ」
仁田さんはその言葉が今でも忘れられない。「初めて親父に認めてもらえた気がしたんです」。
一方、当時の先代オーナーも、若くて不器用だった仁田さんを頭ごなしに否定しなかった。接客で失敗しても、客と揉めても、「まあええ」と笑って受け止め、働き続けることを許してくれた。私生活に至るまで気にかけてくれ本当の息子のように接してくれた。
だからこそ仁田さんは、「問題を起こしたかどうか」よりも「その子が変わろうとしているか」を粘り強く見るようになったという。
「昔の自分みたいな子ってけっこうおるんです。見放したら終わる子もおるけ」
遅刻や失敗だけで判断することなく、時間をかけてじっくりと向き合う。気づけばスタッフ同士が高め合い、支え合う店になっていた。
妻は戦友であり、自分の鏡
現在2店舗を経営できているのは、妻・亜美さんの存在も大きいという。
当時赤字だった牛ちゃんの立て直しに奔走していた時期に、仁田さんと再婚した亜美さん自身にも2人の子どもがいた。
先代オーナーは、2人の子持ち同士で一気に大所帯になった夫婦に「2階を住まいにしたらええ」と声をかけ、店舗2階で暮らせるよう取り計らってくれた。
「血の繋がりもない私たち家族を受け入れてくれた。先代の心意気には、私も子どもたちもずっと感謝しています」(亜美さん)
また、仁田さんは自他ともに認める「思いついたらすぐ動くタイプ」だ。新しいアイデアが浮かぶと、一気に熱量が高まる。その一方で、スタッフへの共有が追いつかず、周囲が戸惑うことも少なくない。
亜美さんは、仁田さんが衝動的になりがちなときは「ちょっと話そうか」と座らせて、話の内容を一つひとつ確認していくのだという。すると仁田さんも落ち着くのだそうだ。
スタッフへの説明、シフト調整、現場フォロー。時に暴走しそうになる仁田さんを止める重要な役回りも担う。
もっとも、亜美さん自身も負けん気が強く、向上心が高い性格だという。仁田さんは弟で、亜美さんは妹。育った環境は違えど、どこか似た者同士だと笑う。だからこそ口喧嘩もよくするが、最後は「店を良くしたい」と同じ方向へ戻っていく。
「亜美は鏡です。もう一人の自分みたいな感覚。妻というより戦友ですね」
前へ突き進む仁田さんと、周囲との調整を担う亜美さん。互いの足りない部分を補い合うことで、牛ちゃんと吾一の現場は回っている。



