「日本の手術と全然レベルが違う」
帰国すると大学院を休学、非常勤医師の退職届けを出し、ドイツに渡った。語学学校に約半年間通い、HDZの「Assistenzarzt」――医員の職を得た。
「メインの術者には助手がつきます。その補助をする第二助手です。回りを見て足りないことをすべてやる」
ドイツ語は理解できないが、看護師たちが自分を軽んじる言葉を口にしていることは分かった。今にみてろよと秦は唇を噛んだ。
「こいつがおったら気持ち良く手術できると術者に思わせるように心を配りました。(HDZの)術者がすべて手術が上手いわけではないことも分かりました。上手い人からそうでない人まで助手をすることで学べることもあります」
特に上手い術者につくときは、その手元に意識を集中した。針をどのような角度で入れるのか、そのとき、どこに手を置いているかまで焼き付けた。その甲斐があり、院長は「自分の助手は秦にやらせろ」と高く評価するようになった。
並行して心臓移植の名医の助手にもつき、経験を積んだ。そして2012年、ドイツの医師免許を取得、徐々に執刀回数を増やし、2015年にドイツ心臓外科専門医、その後指導的術者の立場となった。
このままドイツで医師を続けて住み続けるのか、と思っていた頃、大阪大学医学部心臓血管外科教授の澤 芳樹が共同研究のためにドイツにやってきた。澤は秦の手術を見学すると「これ、日本の手術と全然レベルが違う」と驚いた。
そしてこう言ったのだ。これから大阪警察病院の循環器を強化する、日本に帰ってこないか、と。澤は大阪大学を定年退官後、大阪警察病院の院長になることが内定していた。
2021年1月、秦は大阪警察病院心臓血管外科部長として日本に帰国した。
「やるんやったら阪大の第一内科や」
栄養物や酸素などを体内に運び、同時に老廃物を集める器官を循環器と呼ぶ。心臓、血管、リンパ節、リンパ管がそこに含まれる。
この循環器を扱うのが心臓血管外科、そして循環器内科である。近年はハートチームと呼ばれ、循環器を扱う外科と内科の連携が重視されている。
大阪けいさつ病院の循環器内科部長を務めているのが、飯田 修である。
飯田は76年に、母の実家のある東京で生まれた。歯科医である父親の仕事の関係で、名古屋、そして大阪に移った。大学は兵庫医科大学に進み、卒業後は大阪大学医学部に入局した。
「循環器内科やるんやったら阪大の第一内科や、という風に言われていたんです。やるからには一番いい場所で研修を受けたいと思ったんです」
兵庫医科大学の人間から、阪大には優秀な人間がたくさんいる、お前なんか宇宙の塵になるぞと脅されたと笑った。確かに優秀な人が集まっていましたと振り返る。
「英語もできて論文も書ける。上級医が指導したら、次の時には完璧にできているという人ばっかりでした」
入局直後、飯田は関西労災病院に配属されている。そこで師となる南都伸介と出会った。南都はカテーテル手術の名手として知られていた。

