「JR福知山線脱線事故」が背中を押した
カテーテルとは管を意味する。足の付根にある大腿動脈という血管からカテーテルと呼ばれる細い管を入れて心臓まで通し、血管内から治療を行う。従来の外科的な手術よりも合併症のリスクが低く、体への負担が少ない。術後の回復も早い。
「南都先生は南都テクニックという技があるぐらい、有名な人でした。カテーテルは術前の準備によって治療の成績がすごく変わるんです」
飯田は南都の手技に目を凝らし、自分でも工夫を重ねた。
「人が寝ているときも仕事をしてました。一番きついときは夜10時に寝て、夜中の2時に起きてずっと仕事していました。あとは“他流試合”ですかね」
他流試合とは、他の病院関係者が出席する国内外の学会での発表だ。
「いい発表をしようと思うと、しっかり準備しないといけない。最初は上手く行かないです。国外の発表で、お前の英語はわからへんと言われたり、質疑応答が理解できないこともありました。プラクティス(実践)、リハーサル(準備)の積み重ねしかない」
飯田が努力を積み重ねてきたのは、患者を助けたいという一念があったからだ。彼の背中を押した契機は、2005年4月に起きたJR福知山線脱線事故だった。救命救急の実績がある関西労災病院は多数の傷病者を受け入れた。
「あのときは外来(診療)を全部ストップしました。ぼくたち循環器の医師も総出で対応しました。助かる可能性がある軽症の患者さんは、他の病院に転院してもらう。目の前で高校生が亡くなったのも目の当たりにしました」
ぐちゃぐちゃになった若い女の子が運ばれてくるんです、もう無我夢中でしたと目を伏せた。
技術の引き出しが多い医師
2023年4月、飯田は第二大阪警察病院(現・大阪けいさつ病院)に入った。現在は、循環器内科部長の他、大動脈血管センター長、カテーテルセンター長を兼務する。これまで1万件以上のカテーテル治療を行い、500本ほどの論文を書いてきたという。
現在、大阪けいさつ病院には飯田に惹きつけられた男たちがいる。放射線技術課係長の紀 裕介は飯田について「技術の引き出しが多い医師」だと評する。
「吹田徳洲会病院にいるとき、飯田先生がお見えになったんです。高名な方ですし、学会でお話を聞いたこともありました。怖いイメージもあったんですが、実際には物腰が柔らかくて優しい。とにかく驚いたのが、3、4時間かかっていたカテーテル手術を飯田先生は30分で終えてしまったこと。経験の量が圧倒的なんだと思います」
臨床工学科課長補佐の倉田直哉は、飯田の治療につくときは、特に先を読むことを重視していると言う。
「瞬時の判断力が他の人とは圧倒的に違いますね。カテーテル手術では一つのルートでダメなとき、すぐに切り替えないといけない。考える時間はないです。そのスピード感を見て、一緒に仕事をしたいと思いました」

