「会社=人生」になっていた時代

さらに、多くの会社では手厚い企業年金や、老後生活をガイドする冊子を配布するなど、引退した社員の老後の世話まで見ていた。

このように、働くことは会社組織に組み込まれ、会社に貢献することと完全に一致するようになっていった。〈仕事=会社〉である。日本社会では異様な就職競争が起こり、入った会社でステータスや生活がほとんど決まってしまう。それはまさしく、会社中心の働き方と生活が確立した結果である。

こうして家族をも巻き込んで会社中心社会が形成された。〈仕事=会社〉の関係が深まっていくと、今度は会社に評価されるためには、たとえ会社が命令する仕事がどんなものであろうとかまわないという風潮が高まっていく。

父と息子の公園
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会社のことしか考えなくなり…

1991年に発行された、経済企画庁の『個人生活優先社会をめざして』と題する報告書がある。行政文書として企業中心社会をはじめて主題として扱っているのだが、そこには単に労働時間にとどまらない問題が指摘されている。

報告書ではまず、「会社人間」を次のように整理されていた。

〔…〕「会社人間」とは「出世競争への参加を自己実現だと信じ、身を粉にして働き、さらには自分がいなければ組織が動かないと思い込んでいるような」人間のことであって、彼らは、高度成長期の公害隠しや、近年の銀行・証券会社による金融不祥事にみられるように、「組織のためなら非合法すれすれの行動をとり」、また「自分の所属する組織にのみ目が向き、幅広く国際問題、社会問題に関心を払うことができない」。(『企業中心社会の時間構造』51頁)

企業の利益を優先し、公害も起きた

会社人間は長時間労働に明け暮れ、社内での出世ばかりに目が行って、社会的利益には無関心。彼らにとっての仕事とは社会への貢献ではなく、もっぱら会社の利益に奉仕することになっている。

こうした本来の〈仕事〉よりも〈会社〉の論理を優先する傾向は、すでに高度成長期の公害問題に表れていた。たとえば、水俣病では有機水銀という有毒物質を企業はコスト削減のために処理せずに垂れ流し、結果として数万人ともいわれる被害者を出している。水銀によって神経を侵された人びとは、身体の震えが止まらず、歩くことも話すこともできなくなった。