斬新すぎるジャンル「文学」の問題
これは聴取者が送ってきた模範解答ということなのでしょうが、あまりにも主観的だし、とくにひねりも感じられません。
「話の泉の鐘のなったときの解答者」というのは、時間切れで答えが出せなかったときのゲストを意味していると思われますが、おいおい内輪ネタかよ、とツッコみたくもなります。
一方、問題文が定型化されておらず、問い口に手紙のような味わいがあるところは、いまの視点では新鮮です。ジャンル「文学」の問題では、さまざまな小説の登場人物名の列挙とともに、以下のように問いかけます。
次の男性は古今東西の名作に登場します。この男性の恋人を探してやってください。
いまのクイズであれば、「次の文学作品の登場人物について、恋人役にあたる人物の名前を答えてください」となるところですが、しゃれた言い回しが光ります。
昔のクイズは今より難易度が高いワケ
一度に複数の答えを出させる問題が多いのも特徴です。出世魚を4つ以上挙げろとか、石炭から作れるものを7つ答えろとか、真田十勇士を全員言えとかといった類いの設問が散見されます。
地球が球体である根拠をこどもでもわかるように説明しろ、という問題もありました。
いまのクイズ番組ではあまり見られないスタイルの問題ですが、要はこれは出題者(=聴取者)と解答者(=ゲスト)の知恵比べに力点が置かれているからだと考えられるでしょう。
現代のクイズ番組では、基本的には出題者は「黒子」扱いです。多くの場合、番組の見どころは解答者同士の競い合いにあります。
中には「クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?」(日本テレビ系列、2018年~)のように、それぞれの解答者が個別に問題に挑む形式もありますが、出題者との対決の構図がメインになることはほとんどありません(「クイズ$ミリオネア」[フジテレビ系列、2000年~]のように、「司会者対解答者」という構図はあります)。
最初に挙げたようなクイズとして成立しているのか怪しい問題を除くと、全体的には一定以上の教養と網羅的な知識がないと歯が立たない設問が多く、いまのクイズ番組よりかなり難易度が高い印象を受けます。
当時はまだテレビもなく、もちろんインターネットもありません。新聞、雑誌、書籍、ラジオなどの限られた情報ソースのなかで出会いうる知識を、より深くつかんでいることこそが、解答者たちに求められる「知性」の像であったことがうかがえます。

